バレンタインはクリスマスと並ぶ商戦なため、仕方ないんだろうが、ここのところの睡眠時間は合計で両の手いっぱいになるかならないかだ。それでも、働いている合間を縫って学校に来ているのは、まぁこうやってハチや勘右衛門といったダチができたことだけじゃない。卒業資格が欲しいからだ。高校卒業という肩書きが。
色々とまぁ、しでかして、全日制の高校受験をすっぽかして、とりあえず担任が「どこでもいいから入ってくれ」と半ば強制的に入学させられたのが、今の通信制だった。最初は面倒で面倒で堪らなくて、ほとんど授業に出てなかったのだが、そのツケが今頃になって回ってきているのだ。

(けどまぁ、仕方ねぇよな。残り全部でないと、単位危ういし)

ここで単位を落とすと、卒業がまた一年遅れてしまう。ただでさえ、全日制よりも一年多く掛かるのだ。この単位を落とすわけにはいかなかった。応援してくれている人のためにも。

高校もバイトも碌に続かずにふらふらしていた私に声を掛けてくれたのは、私を幼い頃から知っている近所の洋菓子店だった。遊ぶ金ほしさに了承したのだが-------------そこで、モノクロだった私の世界は鮮やかな色に塗り変わった。職人の手から生み出されるケーキの数々に、すげぇ、と心底思ったのだ。ショーケースに並ぶ新商品を見る度に、客の喜ぶ顔や笑顔を見る度に、自分も作ってみたい、そういう気持ちが芽生えて、店のオーナーに相談すれば、めちゃくちゃ喜んで色々と教えてくれた。

調理免許の資格を持ってないからあくまでも調理補助としてバイトに入っているが、空いている時間にはケーキなんかの作り方も教えてくれて、筋がいいと褒められた。きちんと勉強するなら、と調理の専門学校を勧めてくれたのだが、そこに入学するためには、高校卒業資格が必要だった。

(オーナーも、絶対留年するな、って応援してくれてるしなぁ)

だからこうやって来たのだが、正直なところ、本当にチョコ系は今見たくねぇ。そんなこと言っててプロになれるのか、と訊ねられると困るが、朝から晩まで噎せ返るチョコの匂いの中にいれば、お腹いっぱいになるのは否めないだろう。この箱をどうすっかな、と思案していると、

「ってか、何で俺にくれなかったんだよ。俺にくれたら、すっげぇ喜んで食べたのに。三郎と違って」
「そんなに言うなら、やるよ」
「それは駄目だろ」

嬉々としてオーケーを出すだろうと思っていったのにハチに間断なく断られて「何で?」と疑問を零した。すると「だって、机の中にあるってことは、大本命に決まってる。お前に渡したくて渡したくて、すっげぇ緊張して机の中に入れたんだぞ。お前が食わなくて、誰が食うんだよ」と大力説されてしまった。誰の恋愛ソングの受け売りだろうか、と考えつつ、拳を握りしめて語ってきたハチにとりあえず、その場を収めようと「わーかった、わかった。食べればいいんだろ食べれば」と宥めておく。とりあえず、チョコは家で処分するとして、なんて考えつつ、箱を鞄にしまおうとすると、「鉢屋、ここで食べなよ」と勘右衛門に勧められた。

「は? 何で?」
「だって、お前、家に持ち帰らせたら、ごみ箱にポイするだろ」

読まれてやがる。ちっ、と舌打ちが自然と零れれば「やっぱり」と呆れたように肩を竦められる。ハチが「お前」と絶句した後、私が持っていた箱を取り上げられた。その場で、包装紙を剥がされる。びり、と嫌な音がして、あ、って顔をしたけれど「ま、いいだろ、どうせ食べるんだし」とハチは手を止めようとしなかった。

「ちょ、お前、何やってるんだよ」
「ここで食べねぇと承知しねぇからな」

目を大きく見開け、真剣そのもので蓋を外した箱を手にハチが迫ってきた。箱から、薄い紙を細く切った物がクッションとして敷き詰められており、その中に綺麗なチョコが並んでいた。食べろと差し出すハチに「いい」と首を振って断ろうとしたが、前に回り込まれてしまっては逃げ道がなくて。あまりの気迫に押されて、私はひとつ摘んだ。

「どこの店だろうな?」

洗練され整ったフォルム、滑らかな表面、必要以上に飾られていないけれど、それが逆に上品だ。一見しただけで、手作りではなく、高級品だということが分かる。

「それ、手作りじゃないの? ラッピングを見るに、いかにも手作りっぽかったけど」
「あぁ。買ってきたやつを詰め直した、って感じだな」

あんまりいけ好かねぇが、まぁ、分からなくもなかった。手作りチョコを送りたい、と思う反面、見目の良さを気にしたのだろう。時々、そういうことをするやつがいる。勘右衛門に「どうして分かったの?」と問われて、即答した。

「素人はここまでテンパリングを上手くできねぇだろ」
「何だ、そのテンパリングって?」
「チョコを刻んで湯煎に掛ける技術」

まだハチは分かってなさそうだが、説明するのが面倒になって私はつまんだチョコを口の中に放り込んだ。滑らかな口溶け、どうみてのプロの味だった。が、やっぱり、毎日のようにチョコの匂いを嗅いでいると、一つで胸がいっぱいになる。

「ん、お前らも食べろよ」

ハチから箱をかっぱらうと、私は逆に勘右衛門とハチにチョコを差しだした。戸惑いに顔を見合わせている二人に「もう、胸焼けしそうだから、頼む」と、ずい、と箱を更に勧める。それでも渋る二人に「棄てるよりいいだろ。お前らが食べないなら、棄てるし」と半ば脅しのような形で、引き取ってもらった。

「あ、美味しい」
「すげ、こんなチョコ、初めて食った」

何だかんだ言いつつも、食べ出してしまえば罪悪感なんてないようで、めいめいの感想を漏らしている二人に他のチョコも押しつけようとバッグを開けようとしていると、ふ、と勘右衛門が「そういえば、これ、誰からのチョコなんだろうね」と疑問を呈した。指をぺろりと舐めたハチが「チョコの箱の上に、メッセージカードみたいなの、あったぞ」と目線を破いた包装紙に向ける。そこには、確かに小さな白い封筒があった。

「誰だろうな、三郎が本命だろ?」
「クラスの誰かだよね……」
「何か、うちのクラスからって、想像つかねぇんだけど」

興味津々といった感じで覗き込んでくる二人から手紙を庇うように背を向ける。ハチが「見せてくれたっていいじゃねぇか」と騒ぐのを無視して、ハートのシールをそっと爪で剥がす。折り畳んで仕舞われた便箋はレースペーパーみたいな縁取りがされている。ハチの言うとおり、クラスの面子では想像が付かなかったのだが、とりあえず引っ張り出して、開いてみて、

「げっ」

さぁ、と血の気が引く音を聞いた気がした。まじかよ、と目をぎゅっと瞑り、それから開けて、もう一回手紙を見る。だが、その文字が消えることはなかった。どうしたんだ、と訊ねてくる勘右衛門の声が遠い。なんだなんだ、と好奇心でいっぱいのハチに、ひょい、と手紙を取られた。完全に、思考が停止していて、止めることもできなかった。

「なになに、えっと、『DEAR 不破くん』 ……不破くん? はぁ? どういうことだ?」

それは私が聞きたい。ハチの音読を聞いた勘右衛門が、ぽかん、と口を開けたまま手紙を覗き込んだ。ざ、っと冒頭に目を通した勘右衛門は、私が固まった理由を悟ったのだろう、信じれないといった顔つきで「本当だ、不破くんって書いてある」と言葉を零した。だが、まだハチはこれがどういうことなのか、意味が分かってないらしく「三郎の苗字、鉢屋だろ? こいつ、間違えてないか?」と首を傾げている。

「だから、これ、鉢屋宛のチョコじゃないってことだよ」
「へ?」
「『不破』って子へのチョコだった、ってこと」



Love so sweet!!



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