※いつもよりいちゃついてます。


「ただいま」
「おかえり、って」

振りかえると、そこにはげっそりとした表情で兵助が立ち尽くしていて、驚きに語尾が跳ね上がった。どうしたんだ、と兵助に聞きかけて、彼の手に握られていた紙袋とそこから漂い出す甘い匂いに理由を察した。今日は2月14日。いわゆるバレンタインデー、だ。

「すげぇ、もらったんだな」

覗き込まなくても、袋の中からはみ出さんばかりの量に一目で分かる。学生時代もモテていたが、それの比じゃねぇ。俺がそう指摘すると、兵助は本当に疲れたとでも言いたそうに盛大な溜息を零しながら、テーブルの上に紙袋を置いた。がさ、っと音が崩れる。

「ほとんど義理チョコだって」
「ほとんど、ってことは本命もあるんだろ」

性格はちょっと取っつきにくいところもあるが、それでも真面目で仕事もできるだろうし、容姿だってめちゃくちゃいい兵助のことだ。もてねぇわけがない。そうと分かっていても、つい、すねた言い方になってしまったのは、自分に自信がねぇからだ。

(兵助に相応しい男なんだろうか、って)

やっぱり、惚れた相手より優位に立ちたい、って思うのは男の性だろう。だが、俺はまだ学生で兵助は社会人。経済的にも、社会的にも兵助の方が上だった。獣医になるためにはストレートで行っても6年必要なわけで、兵助の方が卒業が2年早かったのは仕方のねぇことだ。頭では理解している。それでも、こうやってスーツ姿の兵助を迎える度に、自分が置いて行かれるような、兵助には叶わねぇような、そんな気になるのだ。

「だって断るわけにもいかないだろ」
「何で?」
「断ったら『恋人いるの?』だの何だの質問責めに合うだろ」
「そうだけどよー」

ちょっと釈然としない気持ちのまま相づちを打つ俺になんて気づいていないのだろう、兵助はいつものようにスーツを脱いで半分に畳むと椅子に掛けた。それから、紙袋をばさっとひっくり返す。ばらばらとテーブルにチョコレートがぶつかり、軽く山が出来た。甘ったるい匂いが重なり合って広がった。

「あー、これ全部返すとか、ないよな……」

学生時代、兵助はいちいち返すのが面倒だから受け取らないことが多かった。仮に押しつけられた時も、返さないから、と明言していた。それが逆にクールだ、って女の子らには騒がれていたような気もするが、それはさておき、返さない主義の兵助からそんな言葉が出てきて、ちょっと驚いてしまった。

「じゃぁ、返さなきゃいいじゃん」
「そうしたけど、会社の付き合いがあるからな……面倒だけど、返さないと」

溜息を零す兵助からは、心底面倒がっているのが伝わってくるのだが、

(……何か、もやもやする)

兵助の言っていることは正論だ。社会に出るっていうことは、そうやって人と円滑にコミュニケーションを取っていく必要があるわけで。どっちかといえば人付き合いを苦手とする兵助が、そのことで積極的になっているのは喜ばしいことだというのに。なのに-----------何か、胸底のつかえが取れねぇ。

(淋しいとかじゃねぇんだけど……あー、もー)

ごちゃごちゃする感情に、内心で叫びを上げ、声を出さねぇ分だけ頭をがしがしと掻いていると「ん、これやる」と、ずい、と兵助のワイシャツの白い袖が俺の眼前まで伸びてきていた。反射的に手を差しだせば、ころり、と重みが転がった。紫色のフィルムが天井の蛍光灯を映しだしてきらきらと光る、小さな包み紙。

「何?」
「酒入りの。呑めないって知ってるのに」

新たな嫌がらせか、とぼやく兵助は呑めなくはねぇが、酒に弱い。酔うとすぐ顔を真っ赤にしてしまって、ちょっと舌足らずになって、それはそれは可愛いのだが……今はそれどころじゃなかった。他のチョコレートが綺麗なラッピングをされ、立派な箱に収まっているのに対し、兵助がくれたのはばらになったウィスキーボンボン1個で。それが逆に気になった。

「誰からもらったんだ?」
「ん? 先輩」
「それってさ、男?」

何で分かるんだ、って兵助の見開いた目が語っていた。やっぱり、と心の中で零す。兵助は自覚がねぇみたいだが、呑んだときの可愛さと色気は半端ねぇ。その雰囲気にあてられるのは何も女だけじゃねぇ。一回、酔っぱらってどうしようもなくなった兵助を引き取りに行ったことがあるが、その時、周りの男連中の目つきを忘れることができねぇ。

(明らかに色を含んでたもんなぁ……)

ついでに俺に向けられたのは、俺がいかにも学生って格好だったからだろう、小馬鹿にしたもしくは優越感に浸る目差しで。胸くそ悪くて「ど う も、あ り が と う ご ざ い ま し た」と一音一音、区切るように言ってやった。今考えれば、その態度こそガキっぽいって感じなんだろうけど、我慢できなかったのだ。

「先輩が『食べろ』ってしつこいから、『持って帰って家で頂きます』って」
「そうして正解だな」

あんなケダモノみたいなやつの前でこれを食べてたら今頃、兵助まで食われてたんじゃねぇだろうか、と思ってそう告げたのだが、どうやら兵助は違ったらしい。そんなこと、ちっとも想像できないんだろう「おー、ハチに食べてもらえて良かったよ。じゃないと棄てるところだった」と、柔らかく笑った。

(あー、ホント、無自覚だよな)

苛立ちに任せて、ぐしゃ、っと俺は包み紙を捻り開いた。そのまま引っつかんで、口の中に放り込む。チョコレートを堪能するよりも先に歯がみすればば、独特の熱がこぽりと零れだした。べとり、としたアルコールが広がる。俺は口の中にウィスキーボンボンを仕込んだまま「兵助」と呼んだ。な、にという兵助の言葉をそのまま塞ぐ。

「ちょ」

ば、っと離れかけた兵助の頭を左手で引き寄せ、それを阻止する。空いている右手で顎をぐっと引き寄せて、ゆっくりと包み込むようにチョコレートごと兵助の口を嬲る。熱にあっという間にどろりと形を変えたそれはいつしか溶けてしまい、兵助の舌先だけが残される。逃げようとする彼の舌先を追い詰めれば、じわ、と咥内に甘い水が溜まっていく。俺の胸を押しつける兵助の拳が切迫してきて、もう一度だけ俺は兵助の味を楽しんで、唇を剥がした。

「は、」

とろりと甘い吐息が部屋に零れた。行き場を失ったものが、つぅ、と俺と兵助とを繋ぎ、音も無く離れた。唇が離れた途端、まだ余裕があった肺腑に新鮮な酸素が入り込んできたが、体に燻る熱を焚きつけるものでしかねぇ。ふつふつと欲情が兵助を求める。

「はち?」

息が足りなくて頭が追いついてないのか、見上げる兵助の蕩けた目差しが、完全に俺を煽った。

「していい?」
「……明日、仕事なんだけど」

呼吸が戻ってきたのか、さっきよりも覚醒した光が宿った目でやんわりとした拒否してきた兵助の唇を、彼の意志に反して絡め取る。さっきよりも熱い。幽かに残るチョコレートの残滓を舌先で浚い、奥にねじ込ませる。突っ張り出された兵助の手から力が抜けていくのが分かって、両の手首を纏めて掴むとそのままベッドに押し倒す。抗議に兵助の眉が上がったのが、視界に入ったけど、それを無視して、さらに追い立てればば、やがて甘く響きだした水音に歪んだ眉間が解けていく。

「っ、」

息を継ごうと唇を離しもがく兵助を逃がさまいと、俺は舌をねじ込む。縋るものを求める兵助の指先はシーツに行き着いて。ぎゅ、っと布を握った彼の拳を右手で包み込み、口づけを深める。チョコレートよりも甘く兵助が溶け出した頃、再び息を求め、その唇を解放すれば、熱に濡れた吐息が俺の耳を掠めた。空いていた左腕を支えにしたまま、兵助から少し離れれば、顔がよく見えた。

「兵助、顔、赤い」
「っ……お前が、チョコレート、食べさせたから」

上がった息で、あくまでもアルコールのせいだ、と言い張る兵助に「へぇ、あれだけでね」と嗤いながら、今度は耳に唇を這わす。びくり、と揺れた兵助が可愛くて、そこをそっと食む。ラインに沿ってゆっくりと舌先を沿わせば、きゅ、っと兵助は瞼を閉じた。経済力でも社会的立場でも叶わねぇ俺が兵助に優位に立てる場所だ。ちょっと意地悪がしたくなって、耳朶を歯がみしたり、耳の内に窄めた舌を差し込んだりすれば、ふるふる、と横の遅れ髪が揺れた。

「感じてるくせに」

嫌、とばかりに首を軽く振って「感じて、ない」と否定する兵助の声音は完全に艶やかさに溶けきっていて。俺は「嘘ばっかし」と耐えるように噛みしめる兵助の唇をこじ開けた。もうチョコレートの味はしねぇ。一通り味わい尽くせば、切なげに震える睫に一つだけ唇を落し、右指を彼の襟元に差し込む。

「ネクタイがリボンタイだったら、兵助がプレゼント、って感じなのにな」
「……だ、れが、プレゼントだ」

瞑っていた目が開いた。そう文句を零しているくせに、てらり、と欲に溶けたそれが物欲しげに俺を見上げ、理性の箍は弾けた。ぐ、っとネクタイを、引きちぎるように解く。締めるのが俺だったら、解くのも俺だけだ、なんて独占欲の象徴であるそれを、締めるときのように丁寧に解く余裕なんてあるわけがねぇ。

(くそっ)

結局のところ兵助には叶わねぇんだよな、と内心零しつつ、俺はシャツから剥き出しになった白い肌に唇を落とした。

「いただきます」
「……ば、か」




甘く疼く疾走感




title by カカリア

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