「えっと、ですからねぇ、電車は動いてないんですよ」
「そうですか……いつ頃、動き出しますか?」

ひっそりとした駅は、まるで遺構のようだった。頭では分かっていたことだったが、もしかして、と思い駅まで来たものの、予想したとおり電車は全く動いていなかった。駅にはほとんど人気がなく、ホテルなどが取れなかったのであろう旅行者や出張者が疲れた面持ちでベンチで寝ている姿はちらほらと見かけるものの、一般客はいない。さすがに2日目ともなれば、世間も諦めがついてるのだろう。

「やーとりあえず電気が復旧しないことには何とも言えないなぁ」

そんな中なものだから、駅員さんも若干僕のことを呆れて見ているようだった。それでも、どんな可能性でも0でなければ、そこに賭けたかったのだ。-------------------勘右衛門に思い出の場所、と言われて、ぱっと浮かんだのが地元だった。三郎と過ごした年月のほとんどがその地に凝縮されている故郷。

(もしかしたら、そこにいるのかもしれない、と思ったけどなぁ……)

だが、地元はここからはあまりに遠い。とてもじゃないが、歩いていくのは不可能だった。電車か車でなければ、とうてい行くことはできない。勘右衛門と別れて、すぐに財布なんかを鞄に詰め込んで、ひたすらに歩いて駅を目指して来たものの、やっぱり電車という手段は使えないようだった。

「そうですか……ありがとうございます」

頭を下げれば「悪いね」と、駅員さんのせいでもないのに謝られて「いえ、大丈夫です」ともう一度腰を曲げて礼を告げた。予備の電源が点いているのか、それほど明るくはないのだろうが、辺りが闇に沈んでいるせいでやたら煌々としていた駅舎を僕は離れることにした。

(電車はやっぱり駄目か……)

ロータリーにはうっすらと白い物が積もっていて、ぼんやりと仄明るさを辺りに振りまいていた。家から出てきてすぐに降り出した雪は、ひたひたと世界を白く染めていく。縮こまった体から零れる息。再び入っていく空気は、肺腑を射貫くような冷たさ。ホワイトクリスマスだな、なんて一瞬、場違いなことを考えてしまった。

(そうじゃなくて、急がないと……)

勘右衛門の話から分かったのは、黄泉がえることができるのは、三日間だけだということだ。最初に三郎から電話が掛かってきたのは、昨日だった。ということは、明日がその期限である三日目にあたる。三日目のいつまでなのかは分からないが、とにかく、明日までに逢えなければ、三郎とは二度と逢えなくなるかもしれないのだ。

(……こうなったら、歩いていくしかないか)

ここで電車の復旧を待つこともできた。もしかしたら、明日の朝には電気が戻って動くかもしれない。けれど、それじゃ、何も変わらないだろう。たとえ、三郎に逢うことができたとしても、それじゃ意味がないのだ。もうたくさん待った。待って、待って、待って。--------------そうして、自分から何もしなかった。いつだって「三郎の夢だから」って三郎のせいにして、問題をすり替えて生きてきた。

(けど、それじゃ駄目なんだ。僕から、歩いていかないと)

何百qと離れているのだ。とうてい、明日中に歩いて着けわけがなかった。そもそも、ちゃんとそこまで辿り着くことができるのかすら、危うかった。頭では、絶対に間に合わないと分かっていた。それでも、少しでも三郎に近づきたくて------------------自分の足で前に進みたくて僕は一歩を踏み出した。

(待ってて、三郎)

たとえ、三郎に逢うことができなかったとしても、今度こそ、ちゃんと前を向いて生きていけるような気がしたのだ。



***

「っ」

足裏で痛みが潰れた。すっかりと息は上がってしまって、普段、いかに歩いてないかを痛感する。携帯の電源はとうとう切れてしまって、時間は全く分からなかった。どれくらい歩いたのか見当が付かなかった。とにかく、ずっと一度も休まずに歩き続けているが、それでも、まだ、辺りは暗くて。電力が回復してない地域にいるのだと思うと、くじけそうになる。

(雪であまり前も見えないし……)

ちょうど風向きの問題なんだろう、吹きさらされた雪が顔面を襲ってくる。首もとに巻いたマフラーを口元まで上げ、被っていたニットキャップを目深にしても、それでも風に曝されている部分はひび割れるような痛みが積もっていく。きりきりと凍みていくそれに、歯を食いしばりながら、ひたすらに足を動かし続けていた。

「わっ」

急ぎ急いでいて、ちゃんと足下を見てなかったせいだろう。ずぼっ、っと足を雪に取られ、そのまま体が反転した。こける、とバランスを取ろうとした時にはすでに遅く、黒々とした空とその中を縦横無尽に泳ぐ雪が見えて。次の瞬間には、右の側身をそのまま地面に打ち付けた。熱が走り、痺れが後から襲う。

「った」

思いっきりこけてしまった。とりあえず、路面に突っ込んでしまった体を起こす。幸い、雪が下に積もっていたために、強く打ったとはいえ肩辺りの痛みは大したことなかった。それよりも、転びそうになった瞬間につい支えようとした足首の方に鈍痛が脈打っている。捻ってしまったのだろうか。

(っ……もう、これは諦めろってことなのかなぁ)

そう神様が言っているのかも知れない。もう遅いのだ、と。---------------------今更、気づいたって、もう取り戻せないのだから、諦めるべきなのだ、と。どうして、もっと早くに気づけなかったのだろう。あの時に、三郎が生きている頃に気が付くことができたなら、今頃、僕たちはまだ笑っていたのかも知れない。

「馬鹿だなぁ……」

苦しい。痛い。哀しい。後悔したってどうしようもないのに、もう戻ることはできないのに。それでも必死にもがいてきたけれど、もう、それすら意味がないことのように思えて。自嘲が雪に濡れた。喉に凍みる冷たさが、熱い嗚咽に押し返されて出てくる。瞼裏が歪んで、目の前の白がよく見えなくなった。

--------------------------僕は、哭いていた。



***

どれくらい、そうしていたのだろう。ポケットの中で、心臓に近い場所で温かい振動が伝わってきた。携帯。電池が切れていて、決して鳴るはずのないそれが、震えていた。それは、まるで泣いているようだった。

(三郎……?)



2010.12.25 p.m.11:00


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