(あ、まただ)

ふ、と空気が途切れる音。次の瞬間、机の上に置きっぱなしにしてあった携帯が震えだした。1コール、2コール、3コール。僕はそっと、その電話を手にした。機体が持つ熱に、じんじんと痺れる。4コール、5コール、6コール。本来ならば掛けてきた相手の名前が載るサブディスプレイは何も書かれていない。折りたたみのそれを開いても、一緒だった。真っ白の光だけが灯っている。けど、なんとなく、誰が掛けてきているのかは想像がついた。7コール、8コール、9コール。あと一押し。このボタンを押せば通話できるのに。10コール。

「お掛けになった電話は……」

僕の指が迷っている内に、電話は留守録へと代わってしまっていた。

(何、やってるんだろ)

朝から、ずっとこの調子だった。数時間に一回、僕の携帯に掛かってくる電話。これを取ったら、三郎に繋がるような気がしていた。気じゃない。確信に近かった。これは三郎からの電話だって。けど、どうしても僕はその電話に出ることが出来ず、悩んでいるうちに、いつの間にか留守録を案内する機械音声が僕の代わりに応答していた。留守録の件数だけが、増えていく。

(馬鹿だなぁ)

自嘲の溜息が濡らした携帯は、いつしかメッセージの録音時間になっていた。空白に耳を傾ける。そこにあるのは風の音だけだった。声どころか息づかいすら聞こえない。ただ、吹き荒ぶ風の音だけが僕の耳を通り抜ける。それは三郎の声のような気がした。寒い。冷たい。昏い。そんな場所に三郎はいるんだろうか。--------------たったひとりで。

「ねぇ、三郎でしょ?」

気が付けば、話しかけていた。通話ボタンは押してないのだ、もちろん相手には聞こえない。そうと分かっていても、僕は話しかけずにはいられなかった。

「ねぇ、どうして待っているのに逢いに来てくれないんだい?」

返ってくるのは、風の音だけだった。返事がない。それが三郎の答えなんだろうか。そう思うと、それ以上、言葉が続かない。ぎゅ、っと喉が絞られる。呼吸が震えて、上手く喋れない。胸の底から押し寄せてくる嗚咽は、あっという間に僕を呑み込んだ。ぱた。ぱたっ。ぱたり。涙が机を叩く。------------ぷつり、と空白が途絶えた。もう聞こえないはずの風の音が、三郎の声なき声が、頭の中で何度も何度もリフレインする。

「三郎……」

新たに数が増えた留守録のアイコン。それが、いつもとちょっと違う色合いをしていた。数時間に一回入ってくる三郎からの電話が終わる度に、画面にあった留守録のアイコンの横に『+1』みたいな表記がされていた。それが、留守録が増えたということ意味しているのだろう、と、ようやく理解したところなのだが。

「留守録のアイコンが赤くなってる。何なんだろう?」

黒いテープの絵柄をしていたアイコンが、今はなぜか赤くなっていた。まるで怒りに膨れているかのように大きくなっている気もする。今まで一度も見たことがないそれに、不安になりながらも携帯のボタンをいじって留守録のアイコンを選ぶ。すると画面に『留守録が満杯になっています。メッセージを消去してください』という文字が現れた。

(っ……メッセージを消去って、三郎からの留守録を?)

あの日から、ずっと消せないでいた、三郎の最期のメッセージ。ずっと待っていたのだ。三郎からの続きの言葉を。彼からの電話を。それを消すことができたなら、最初から消している。そして、ようやく、やっとずっと待ちわびていた三郎から掛かってきた電話。その留守録を消すことなんてできるわけがなかった。

(けど、このままじゃ、次の時は聞けないんだ)

もし、次に掛かってきたとしても、きっと、ずっとコールが鳴りっぱなしになるだけで、留守録に切り替わることはないのだろう。もう、三郎からの留守録が増えることはないのだ。もう聞けないのだ。あの風の音が----------------三郎の声が。どれだけ待ったとしても、もう聞けないのだ。

(待っても、待っても……もう、駄目なんだ)

待つのは、いつも僕だった。たとえば、ちょっとした待ち合わせの時にでも待つのは僕の方だったし、喧嘩した後はいつだって三郎からの電話を待っていた。待つということは、そういう風なささいな日常でのことでもそうだったけど、それだけじゃなくて。三郎が夢に向かって進んでいった時も僕はその場でじっと彼の帰りを待っていた。いつも周りは僕のこと『雷蔵は我慢強いな』って評していた(そこには、あの(自由気ままな)三郎と付き合うなんて、という意味も含めてなんだろう)。そうやって言われたとき、たいてい僕は「待つのは性に合っているからね」なんて答えてた。

(でも違う。本当は怖いんだ)

自分から、突き進むのが。自分から、向かい合うことが。待ち合わせの時は遅刻して三郎が僕のことを嫌いに思ったらどうしよう、って気持ちがどこかにあった。喧嘩の時だって、こっちから謝ればいいのに、そのまま別れ話になったら、と思うとどうしても電話をすることができなかった。三郎が夢のために一人で行く先を決めた時は待ったのとは違うかもしれないけれど、逃げただけで向かい合ってなんかない。三郎が夢を叶えるのを待つのが僕の夢だ、だなんてすり替えていただけだ。

(待つのが性に合ってるんじゃない、ずっと、逃げていただけなんだ)

「……どうしたら、三郎に会えるのだろう?」

ふ、と思うかんだのが、黄泉がえりのことを教えてくれた勘右衛門の顔だった。夜中に電話したとき、彼は逢いたくても逢えない人がいるのかもしれない、そう教えてくれた。もし三郎がそうだとするならば、三郎が本当は黄泉がえっていて、ただ、僕に逢いに来ることができないだけなのだとしたら、だとしたら、

(あぁ、待っているだけじゃ駄目なんだ。僕から逢いに行かないと)

僕は携帯電話の電話帳から勘右衛門の番号を選んだ。もう電池は2つになって久しい。このまま携帯を使い続けていればあっという間に電池切れになってしまうだろう。そうと分かっていたけれど、一刻も早く三郎に逢いに行きたくて、どうしても三郎に繋がる手がかりが欲しくて、僕はメールではなく電話を選んだ。

(お願い、出て)



2010.12.25 p.m.2:31



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