俺の想像通り、新たな情報が出てくることはなかった。もうお昼時だ。何軒か取材をしたが、新事実なんてものが出てくることもなく、ただただ、何か圧し掛かられて踏み固められるような、そんな気の重さだけが俺の中に蓄積されていく。情報がなければ、書くネタもないわけで。まだまだ締め切りに余裕があるとはいえ、最悪、昨日、転がして置いた記事を焼き直すしかないな、なんて、ぼんやりと考える。

「昨日よりはマシですね」
「そうだね。今日、土曜日だし」

通勤ラッシュと情報がなかったことが手伝って昨日は移動をするのだけでも一苦労した。だが、今日は土曜で平日勤めの人は休みだし、昨日のうちに電気の復旧は早くて日曜日という情報が新聞などのメディアからきちんと回ったために、わざわざ外に出ようという輩も少ないのだろう。道路はかなり空いていた。逆に静まりかえっていて怖いくらいだ。

(もしかしたら、再会に浸っている人も多いのかもしれないな。残された時間を静かに過ごしたい、って)

どれくらいの人数が黄泉がえってきたのかは分からないが、範囲のことを考えると、それなりの家庭や人の元に黄泉がえりが起こっているのかもしれない。みな、口を噤んでいるだけで。取材先でも話をすればするほど、殻に少しずつ閉じこもっていくのが分かった。それは時の経過に比例していく。直接的にリミットを言う人もいたし、それを口にしない人も、薄々は感じてるのだろう。-------------奇跡は続かない、と。

(俺がしたことは、よかったんだろうか……)

記事が出回って、新たに願った人もいるだろう。『逢いたい』と。それが果たしてその人たちにとってよかったことなのか、かえって逆にその人たちに改めて辛い思いをさせてしまったのじゃないだろうか--------俺の頭はその想いでいっぱいだった。俺は記者だから。だから、事実は事実としてありのままを伝えなければならない、その使命があるのだと頭では分かっている。俺は使命を全うしたにすぎない。

(でも、俺の書いた記事によって、誰かを傷つけたのだとしたら。誰かを不幸にしたのだとしたら……っ)

怖かった。いつだって自分の書いたものが誰かを傷つけたりするかもしれない、という思いを持ちながら記事を書いていたけれど、今回ほど、その想いが強いものはなかった。俺の記事で黄泉がえりを知った人が、新たに誰かを黄泉がえらせていたとしたら。いずれ来る別れの時に、辛い思いをさせるかもしれない。それは、最初の別れの時よりも、もっと深い傷を与える物かも知れない------------------------。

「尾浜先輩? 顔色、悪いですけど大丈夫ですか?」

ぐるりぐるりと巡り俺を圧迫していた思考を、庄左ヱ門が打ち破った。

「あ、あぁ。……寝てないだけだから、大丈夫」
「大丈夫ですか? ずっと寝てませんよね?」
「ずっと、って言っても1時間くらいは寝てるよ」
「だって、それ、一日二日の話じゃないですよね。昨日だって、その前からずっと取材していたやつが終わって帰ってきたところだったって聞いたんですけど」

そうやって庄左ヱ門に言われたけれど、昨日よりも前の日が、遠い彼方のことのように思えた。上からの命を受け、取材をして、原稿を書く。当たり前のように過ごしていた日々が、今は、懐かしいものにさえ思えてくる。たった一日で、全てがひっくり返ってしまったような、そんな気がした。

「あー、まぁ、そうだけど」
「車の中で寝てください、って言っても寝ないですし」
「大丈夫だって」
「大丈夫、って顔色じゃないです。先輩は嫌かもしれないですけど、代わってもらった方がいいですよ」

怒るような口調で庄左ヱ門にどやしつけられた。普段だったら、絶対に首を縦に振らないだろう。自分で張ったヤマは何がなんでも自分で回収したい、誰かに手渡すなんてあり得ない、それが記者としての本能だから。けど、今回ばかりは言葉に甘えたい気持ちでいっぱいだった。できることなら、もう、このヤマと関わりたくない。

(けど、それじゃ、逃げることになる)

記事を書いた以上、その責任を負わなければならない。それもまた、記者としての使命だった。

「大丈夫だから。うん、次のところまでちょっとあるし、もう少しだけ寝るよ」
「……そうしてください」

渋々、といった感じで庄左ヱ門が答えるのを耳にして、俺は目を瞑った。



2010.12.25 p.m.1:02



main top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -