最終締め切りギリギリに入稿を終えた俺は、ふぅ、と大きくのびをした。一日の大半を車で過ごした体は元よりガチガチに凝り固まっていたのが、パソコンに貼り付くようにして記事を書いていたために、鋼鉄のような肩になってしまっていた。移動の合間合間で睡眠は取った物の、落ち着くことができずに浅い眠りだったためか、体は睡眠を欲していた。

(とにかく少し寝た方がいいよな)

明日がどうなるかはまだ連絡はないが、おそらく、明日もあちらこちらに取材に出向く可能性が高い。少しでも寝て体力を回復しておこう、と仮眠室に向かおうとして、ふ、と携帯にランプが灯っていることに気が付いた。原稿を埋めるのに集中していて、気づかなかったようだ。もしかしたら兵助からだろうか、と、さっきのやりとりを思いながら見てみれば、履歴に残っているのは別の友人の名前だった。

(どうしたんだろう)

画面に表示されている着信の時刻は、一時間近く前。時刻が時刻なだけに、もう寝てしまっているかもしれないな、と、指が発信ボタンを押すのを躊躇ってしまう。けど、雷蔵からこんな時間に電話が掛かってくることなんて初めてで、ちょっと気になった。それに昼前に電話したとき、ちょっと様子がおかしかったことを思い出し、俺はえいとばかりに発信ボタンを選んだ。もしかしたら掛からないかも、という俺の予想を反して、コール音が耳に届く。

(電源が入っている、ってことは、まだ起きてるんだろうな)

寝るときや電話が出れない時は電源を切っている、と雷蔵から聞いたのは、大学に入って仲良くなってしばらくしてからのことだったと思う。基本的にマメに連絡するタイプでないのは何となく察していたけど、あまりに繋がらなくて、せめて留守録くらいセットしてもらえないだろうか、と打診したら、そう教えてくれたのだ。

(その時は、ふーん、くらいにしか思わなかったけどなぁ)

まぁ、変わったヤツだなぁ、って印象には残ったけど、そういう決め事をしている人も世の中にはいるんだな、ってくらいでしかなくて、特には追求しなかった。けど、連絡が取れなくてもさほど困らない大学と違い、働き出してからもそれを貫き通しているのは何か理由があるのかもしれない、そう思案しながらいると、

「もしもしっ」

飛びつくような声が電話から突っ込んできた。割れんばかりの響きに、さすがにビックリしてしまって、少しだけ携帯を耳から遠ざけ、それから「もしもし? 雷蔵? 俺だけど」と、とりあえず話しかける。と、虚を突かれたかのように「あ、勘右衛門」と俺の名を言ったっきり、雷蔵は口を噤んでしまった。あからさまに落胆したトーンに訊ねようかとも思ったけど、何となくそれを避けほしいというような空気が携帯から流れてきたような気がして、俺は別のことを口にした。

「何か、さっき電話もらったみたいで」
「あ、ごめん。勘右衛門、まだ仕事?」
「ううん。ちょうど、今、仕事が終わったところ」

黄泉がえりの原稿書いていた、と続ければ、空気の色が、また変わったような気がした。沈黙。遮断された会話を俺の方から繋ぐことはできたけど、雷蔵が何か言いたそうにしているような気がして、俺は待つことにした。1分、2分……ざぁざぁと混線する音だけが静けさを支配し、それでいっぱいになっていく。さすがに心配になった頃、ようやく雷蔵が口にした。

「あのさ、黄泉がえりのこと、なんだけど」

そう言ったっきり、また黙ってそのまま言葉を棄ててしまいそうな感じがして「俺で知っている範囲のことだったら教えれるよ」と先手を打った。すると、「ありがとう」と答える雷蔵のトーンは心なしか明るくなったような気がして。俺は「それで、どうしたのさ?」と、もう一歩、踏み込んでみることにした。

「亡くなった人、みんな黄泉がえってくるの?」
「いや。逢いたいって、生きた人と亡くなった人の双方が願って初めて成立するみたいだな」

俺の言葉に雷蔵は「そう……」と噛みしめるように呟いた。思い切って、ずっと聞きたかったことを訊ねた。

「雷蔵、誰か、逢いたい人がいるの?」

答えてくれるだろうか、そう案じたけれど、電話口の向こうからは一呼吸の後に、「うん」と肯定する響きが届いた。それから「でも、向こうは逢いたくないのかもしれない、けど」と消え入りそうな声で続けた。何かに縋り付くわけでもなく、祈るわけでもなく、諦めきったその淡々とした言い回しが俺の胸を引っかく。

「どうして、そう思うの?」
「だって、逢いに来てくれないから……逢えない、ってことは、そういうことでしょ?」

肯定していいのかどうなのか、分からなかった。そもそも、雷蔵が逢いたいと思っている人が、どんな人なのか、俺には皆目見当も付かなかったから。確かに、逢えないということは、つまりは、どちらかが逢うことを望んでいないのだ、ということだ。ただ、その裏に隠されているのは、単純に逢う気がないってことだけじゃない気がする。

「俺はその人じゃないから、分からないけど、逢いたくても逢えない、ということなのかもしれないよ」
「どういうこと?」
「あのさ、黄泉がえっていられるのは三日間だけらしいんだ。すぐに別れなきゃならない……その時のことを考えたら、逢わない方がいい、って考える人もいるかもしれない」

何が正しいのか、何が本当の優しさなのか、なんて誰にも分からない。けど、俺がもし黄泉がえることができる立場にあるなら、黄泉がえるかどうか迷いに迷って、たぶん逢いにいかないだろう。いずれすぐに来る別れ。その時に、心残りなくもう一度別れることができるか、笑顔で「さようなら」と言えるかどうか、と問われれば、イエス、と断言できないだろうから。

「……それでも、僕は、逢いたいよ」

ぽつり、と落とされたその雷蔵の言葉は涙に濡れていた。



2010.12.25 a.m.2:11



main top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -