「あー、やっと着きましたね」
「悪かったな、今日一日、運転してもらって」

車から降りるなり肩をぐるぐると回していた庄左ヱ門は「いいですよ。カメラマンとしての方はあまり役に立たなかったんで」と、おっとりとした笑みを向けた。彼の言うとおり、さすがに写真を撮らしてくれる家族はいなかった。もちろん、頼み込めば撮らせてもらえたかもしれない。けど、そこまで強く言う気にはなれなくて、庄左ヱ門は家の周りの風景を二、三枚撮るだけだった。後でぼかして使うのだろうか。

「締め切り、間に合いますか?」

ポケットから携帯電話を取り出してみれば、最終締め切りまであと2時間はある。心配そうな庄左ヱ門に「とりあえず、最終稿には入れる、って言ってあるから大丈夫じゃないかな」と伝えれば「それならいいんですけど」と言いつつ、まだ眉は下がったまま案じるような目差しを向けてきたものだから、「大丈夫だって」と俺はもう一回、言い切った。

「草稿はオッケーもらったから、その後に分かったことを付け足すだけだから大丈夫だって」
「その後に分かったこと、って、あれですか? 見える人と見えない人がいるって話」
「そう、それ」
「不思議ですよね。無関係な僕らでも『黄泉がえってきた人』が見れるのに」

取材をしていくうちに新たに分かった事実。それが見えない人がいる、ということだ。庄左ヱ門が言っていたように、全く初対面の俺たちすら、その『黄泉がえってきた人』が見えているのに、家族や知り合いの中には「何、冗談、言ってるんだ」と言う人が何人かいた。見えない人の中には、他に関係のない人を連れてきて「死んだヤツがそこにいるっていうんだけど、誰かいるか?」と聞いている人もいて。その連れてこられた人も「いや」と首を振って否定していた。けど、俺らの目には確かにその人がいて、薄ら寒い思いをしたのだ。

「俺が考えるにさ、見えないっていう人は二つに分かれると思うんだ」
「二つに、ですか?」
「そう。まず一つは、『幽霊を頭から信じてない』ってパターン」
「信じていないから、見えない、と?」
「あぁ。死んだ人と逢いたいって願うことと幽霊を信じているってことはイコールじゃないからな」

庄左ヱ門は「なるほど」と頷き、それから「もう一つは何なんですか?」と先を促してきた。

「もう一つは、全く、関係がないヤツには見えないってことだろうな」
「どういうことです? だって、僕ら、関係ないのに見えたじゃないですか」
「あぁ、最初はな。俺ら、まず『黄泉がえってきた人』にいきなり会うんじゃなくて、その家族だったり親しい人に『○○さんが黄泉がえってきたって聞いたんですけど』って訊ねただろ」
「そうですね」
「その地点で、関係ができるんだろうな。だから、見えるんだと思う。無差別に誰でも見える、となったら、今ごろ、亡くなった人たちが街中にうじゃうじゃ溢れていて、大パニックになるだろうし」
「あ、それもそうですね」

納得した庄左ヱ門に「まぁ、これは俺の仮説だから、書かないけど、見える人と見えない人がいるってのは事実みたいだから、それだけは書き足しておくよ」と告げた。すると、彼は担いでいた機材を掲げ、「じゃぁ、僕はこれをラボの方に出してきますね」と体の向きを変えた。

「ん。お疲れさま」

現像所の方に向かう庄左ヱ門と別れ、俺は足を止めた。社内は自家発電が機能しているものの、いつ供給再開になるか見通しが立たないからだろう、節電されていて、自動ドアは手動に切り替わっていた。中に入れば、やっぱり普段よりは薄暗い気がする。それでも久しぶりの光に、その眩しさと電気の有り難さを噛みしめた。振りかえれば、深い闇。手の中の携帯電話は、何も言ってきていない。

「やっぱり、兵助に電話すべきだよな」



2010.12.24 p.m.11:37



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