家に泊ってけ、と先輩や同僚から誘われたけど、そのどれも俺は丁重に断り、仮眠室(というのは名ばかりでソファと毛布があるくらいだが)に泊ることにしたら。普段だったら、その誘いに乗ったかもしれねぇが、今日はクリスマスイブだ。電気は結局、夜になっても回復しなかったために、街々は混乱にある中でちゃんと祝うことができるのかは疑問だが、不安な時だからこそ、家族や恋人と過ごしたいだろう。そこに邪魔する程無粋にはなれねぇ。

(さっさと寝るしかねぇな)

食べるものもろくにねぇ、とりあえず会社の女性社員が持ちこんでいた菓子や、もう温くなってしまった冷蔵庫の茶を置いていってくれて、とりあえずそれを口にして、俺はソファに体を横たわらせた。足まで乗りきらず体を折り曲げたが、そうすると今度は横幅が狭くて。しかたねぇ、と足首より先をソファの縁から投げ出すようにして、体を落ちつかせる。大した仕事はしてねぇが、結構な距離を歩いたせいか、思ったより疲労は蓄積していたらしく。ずしりと沈んでしまえば、そのまま、うつらと眠気が体に圧し掛かってきた。

(-------------なんか、夢みたいな一日だった、な)

次に目を覚ましたら、全部夢だった、なんて言われても不思議じゃねぇような、そんな一日だった。非日常的な一日。電気が供給されない、なんて。映画みたいなそんなことが、まさか己の身に降りかかるとは思わなかった。まぁ、明日の朝には電気の方も回復してるだろう、と思いながら、ゆっくりと眠りに落ちていく。



***

ぐん、と内耳にまで押しつけるような音。何だ、と思った時に、己の目はただただ虚とした闇を捉えていた。まだ夜、だ。ぼけっとして働かない頭をひたすら揺さぶっている振動が、携帯のそれだということにようやく気付いて、俺はポケット収めたままそれを引きずり出した。無意識のうちに着信ボタンを押して、そのまま耳に持っていく。

「あ、文次郎。私だ、私。今、どこだ?」

こっちが一言も発しないうちに話しだした声を俺はよく知っている。小平太、だ。高校生から付き合いのある奴は、普段と変わらない調子で。一瞬、やっぱ、自分が変な夢を見ていたんじゃねぇか、と思わずにはいられねぇくらいで。けど、暗さに慣れた目に、闇に収縮していった物の影にこれが家じゃねぇ、ってのも、はっきりしてて。何で自分が会社に泊ったのか、ってことを思い出しながら、電話口に「今、会社」と答える。

「ふーん。なら、今から私の家に来てよ」
「お前の家に? つうか、今、何時だ?」
「今? まだ10時前」

眠りに落ちてから、まだ1時間半くらいしか経ってねぇことに驚いた。もう6時間くれぇは寝たんじゃねぇか、ってくらいな感覚だったから。何も夢を見なかった(正確に言えば全く覚えていない)からだろうか。いつもの睡眠時間よりもずっと短けぇのに、頭の隅に残っている重たさはなくて。

「とにかく待ってるからなっ」

こっちの都合などお構いなしで、掛ってきた時と同じくらい唐突に電話は切れた。

***

チャイムを鳴らそうとして、けど、電気が来てないんだった、と留めた指を握り、俺は扉をノックした。あれからすぐに会社を出てきて、小平太の家までは30分も掛らなかったが、時間が時間だ。できるだけ、周りに響かない様に抑え目にした。だが、それで気付かれることもなくて。電話しようかとも思ったが、電池の残量を考え、俺はドアノブに手を伸ばした。

「小平太」

押しあけて中に呼びかけてみれば「お、来た来た」と嬉しそうな声が闇に響いた。ぱ、っと光に射抜かれ、手で庇を作る。「あ、めんごめんご」と謝る声と共に、俺の目を焼いていた光が下ろされた。灯りの正体は、彼の片手にあった懐中電灯だった。奴の「その辺、ものぐちゃぐちゃだから飛び越えてきてくれ」なんて笑う奴の言葉通り、照らし出された足元は物が散乱していて、それを避けながら中に入る。

「ん、こんな日でも残業だったのか?」
「いや。来たはいいが、帰れるか分からねぇからな、泊らせてもらってた」
「あー、電気のやつな」

不便だよな、と言う割に、あまり小平太は感じてないようだった。野生児というか何というか、小平太なら電気がなくたって十分にやっていけそうと思えるのは仕方ねぇことだろう。このアパートのどこにあったのか、こたつ机にはランタンが置かれていて、辺りを仄かに照らし出していた。その周りを既に開けられたビール缶が取り囲んでいて、この微妙な寒さといい、まさに野外キャンプをしているような気持ちになる。

「ま、もう温くなってると思うけど、呑んで呑んで」

俺の方にどか、っと出された缶ビールはすっかりと温くなっていたが、喉が渇いていた俺はいっきにそれ呷った。ざっと落ちていくのは、いつものような爽快感溢れる熱が戻ってくることはなかった。代わりに、弾ける苦みが胸に溜まっていく感じがする。それでも、ずっと飲み物をあまり飲まずにいたからか、乾いていた喉はちょっとはましになった。

「電気、どうなんだろうな。明日くれぇに復旧するといいんだが」
「あー、さっき、そのことも聞いておきゃよかったな」
「聞いておくって、誰に」
「尾浜」

小平太が口にしたのは一つ下の後輩だった。そういえば、スポーツ新聞の記者になったって言ってたな、とその所在を思い出す。今、何の担当をしてるのかは知らねぇが、情報くれぇは持っていそうだ、なんて思っているとビールの缶を持ったままの小平太が、奴に似合わねぇ声の大きさで、ぽつりと呟いた。

「なぁ、文次郎は仙ちゃんを黄泉がえらせないのか?」

小平太が口にした言葉が意味と繋がらなかった。よみがえり。よみがえり。--------黄泉がえり? 音を知っている漢字に当てはめてみたが、それはあまりに現実から遠いもので。俺は「何だって?」と聞き返した。それまで、何かを睨むような厳しい面もちで俯いていた小平太は、顔を上げ、俺の方を真っすぐに見つめた。

「尾浜に聞いたんだ。死んだヤツを黄泉がえらせることができる、って」

はっ、っと鼻で笑うつもりが、引き攣った呼吸しかでねぇ。何、馬鹿なこと言ってんだ、って笑い飛ばしたいのに、まるで顔面が岩になったみたいに、上手く筋肉が動かねぇ。死んだヤツが黄泉がえってくるだなんて、そんな冗談あるわけねぇ。酔っ払いの世迷言だ、そう頭では信じ込んでいるのに、小平太の続きは聞きたくなかった。聞いたら、戻れねぇ気がして。

「『逢いたい』って願えば、その死んだ人が黄泉がえってくるんだって。だからもしかしたら、仙ちゃんも還ってくるかもしれない。幽霊になった仙ちゃんと、もう一度、逢えるかもしれないんだって」

矛盾に凝り固まって、どうしようもなくて、麻痺して動けねぇ俺の口はヤツが紡ぐ続きを止めることすらできなかった。ぐるぐると目眩う。アルコールのせいだろうか、思考が上手く纏まらない。小平太の言葉がわんわんと頭の中で響いていやがる。願い。黄泉がえり。幽霊。帰ってくる。もう一度、逢える。

(仙蔵に、もう一度、逢える?)

「……何、冗談、言ってるんだ、小平太」
「冗談なんかじゃない、本当のことだって」
「んなもん、幽霊なんているわけねぇだろ。馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿馬鹿しくなんて、ない。だって、現に……「もういいっ!」

まだ続けようとするヤツに、俺は声を荒げて止めた。びくっ、っと肩を揺らし、小平太は口ごもった。まだ何か言いたそうにしていたヤツを、ねめつけて封じ込める。聞きたくなかった。考えたくもなかった。そんなこと、あるわけねぇ。幽霊なんていない。仙蔵が還ってくるはずがねぇ。誰に聞かせるでもない、俺自身に刻みつけるために、俺はその言葉を口にした。

「仙蔵は、死んだんだ」


2010.12.24 p.m.8:22



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