もう何回も電話入れてるんだけど出なくて、なんてさっきは雷蔵に言ったけど、嘘だった。入れたのはメール一本だけ。どうしても電話をすることができなかった。兵助の声を聞いたら、つい、漏らしてしまいそうだから。逢いたいと思った相手が、黄泉がえってくるって。そう言ってしまいそうだった。

(けど、その先にある未来も、俺は知ってる)

それが倖せなことなのか、って聞かれたら、俺は首を縦に振ることはできない。だから、できるだけ事務的に、『仕事が入って、今日の鍋パーティーできなくなった。雷蔵には連絡してある』という用件だけのメールを送った。余計なことを言わないように、そう思って。けど、兵助から返信は一向になかった。

(メールも着信もなし、か)

あの後も、数件、黄泉がえってきたとされる人やその家族に取材をし、だいぶ遅い時間になったにもかかわらず、俺の携帯には兵助からの連絡はなかった。会社の上司や同僚から情報交換のメールは錯綜していたけれど、どれも、新たなことは分からなかった。--------------双方の『逢いたい』という想いによって黄泉がえってきたこと。そして、三日後には、また逝ってしまうこと。

(できるなら、このまま、兵助には知られたくない)

それは俺のエゴだった。大事な幼馴染が傷つくのを見たくない、という。黄泉がえってきた人が、そのままずっと残るというのなら、また違ったかもしれない。兵助にすぐさま伝えたかもしれない。望めば、死んだヤツが還ってくる、って。けど、実際は違う。黄泉がえってきても、すぐに、また、いなくなるのだ。その時の傷は、きっと一度失った時以上のものになるだろう。

(もう、あんな兵助、見たくない)

ぐ、っと、携帯を握りしめる。と、ふと、振動が掌を揺さぶった。もしかして兵助だろうか、そう思って、慌ててサブウィンドウを見遣れば、知らない番号。一体誰だろうか、と思いながら電話に出る。もしかしたら、新たな情報提供者かもしれない、という期待は、聞いたことのある馬鹿でかい声で打ち砕かれた。

「あのさーちょっと教えてほしいんだけど」
「その声は、七松先輩?」

いきなり用件から始まった声の主は、大学の時の先輩だった。名乗りもせずに話しだすところは、相変わらずな性格だなぁ、と妙に感心しつつ、どうやってこの番号を知ったのだろうか、とか、何の用件なんだろうか、といった気持ちも膨らむ。俺の言葉に自分の名前を告げてなかったことを思い出したのか「そうそう。俺、俺」と自己を告げるようなことを言ったけど、まるで詐欺の手口みたいな会話になってしまった。つい吹きそうになるのを我慢して、「どうしたんです?」と聞いてみる。

(あ、もしかしたら、電気のことかもしれないな)

どうしたのか聞いておいてから、そんな考えが頭を過った。いつまで経っても電気が復旧しない上に、テレビやラジオは使えず、市民は正確なところを知らされていなかった。ネットでは憶測が飛び交っているため、何か正確な情報を持ってるんじゃないかと記者である俺に聞いてきた、って可能性はある。それは、半分正解で、半分不正解だった。

「あのさー、何か、死者が黄泉がえってきたって本当か?」

まさか七松先輩の口からその話題が出てくるとは思わず、つい、「何で七松先輩が知ってるんです?」と間接的に肯定してしまった。しまった、と思ったけど、もう遅い。暗に含んだところをしっかり嗅ぎ取った七松先輩は「やっぱり、本当なのか」と少しだけ驚きを含んだ声を上げた。

「どうして知ってるんです?」
「やーネットで噂になってたからさぁ、本当かどうか知りたくてさぁ」

ずっと気になってたんだよなー、なんて暢気な言いようで続けた先輩は「んで、んで、その黄泉がえり、ってのは、どんな感じなんだ」と興味丸だしで尋ねてきた。どこまで口にしていいものか分からず、「電気の復旧情報は、いいんですか?」と聞いたけど、「うーん、私は別に電気がなくても生きていけるからな」と、さすが七松先輩、と言いたくなるような返事が返ってきた。

「さっき、ネットで噂になってる、って言ってましたけど、」
「噂っていうかニュースにも出てたよ」
「え、ニュースに?」
「そう。パソコンは使えないから、携帯で見たんだけどさぁ」

一時間前にチェックした時はそんなニュース、ネットに上がってなかったはずだ。とすれば、俺らが取材している間に誰かがリークし、どこかの会社が取り上げたということになる。俺と七松先輩との会話を聞いていたのか(というか、聞かざるを得なかったのだろう)隣にいた庄左ヱ門がネットブックを立ち上げた。

「あ、本当だ」

小声で呟いた彼は俺の方に該当記事が載っているページを差しだした。トップの見出しに『現代の奇跡』なんて文字が躍っているそれは、さっと目を通せば、ひやかしのような文言が並んでいた。俺たちが集めてきた情報もあれば、記者の憶測やあきらかに紛い物と思われることも書かれている。

(とりあえず、ここに書かれている事実は教えても大丈夫、か)

俺は七松先輩に、双方が『逢いたい』と願えば黄泉かえってくることや、その期限が三日間だけであることを伝えた。ふんふん、と俺の話を聞いていた先輩は、「そんなとこですね」と話を終わらせた途端、「ありがとなー」と礼だけ告げ、すぐに切ってしまった。通話が終わった音だけが取り残される。まるで嵐のような人だな、と、ちょっと気疲れしていると、それまで黙っていた庄左ヱ門が口を開いた。

「何か、すごいことになってますよね、これ」
「みたいだね。この記事だと『現代の奇跡』って特集を組んで原因究明する話も出ているみたいだけど」
「そうなんですか?」
「うん。でも、難しいんじゃないかなぁ」

俺の言葉に庄左ヱ門は眉を潜め、不思議そうな面もちを浮かべた。目だけで「どうしてですか?」と問われた気がして、答える。

「だって、インタビューしようにも、みな、『静かにしておいてください』でしょ?」

黄泉がえってきた人やその家族の何人かに俺もマイクを向けてきて、インタビューに応じてくれる人もいた。でも、どの人も追求しだしてそれ以上踏みこむことについては、やんわりと断りを入れてきた。今の倖せを壊さないで、と。たった三日間なのだから、そっとしておいてほしい、と。そう懇願されれば、それ以上、聞くこともできず、俺はマイクを下ろした。聞けなかった。聞けるはずがなかった。

(--------------本当に、今、倖せなんですか、と。)

「そうですね……」
「とりあえず、草稿は作るからさ、一回、会社に戻ろうか」
「そうですね。この混雑だと、帰るの、11時頃になりそうですけど」

その言葉に、ふ、と気が付いた。兵助。七松先輩がネットでニュースを見たということは、兵助もその情報を目にする可能性があるわけだ。己が望めば黄泉がえってくるのだ、ということを知れば、きっと兵助は願うだろう。『逢いたい』と。-----------------まだ、兵助の傷は癒えているとは言い難い。

(そうなる前に、俺の口から黄泉がえりのこと伝えて、『願わない方がいいよ』と言った方がいいのかもしれない)



2010.12.24 p.m.6:41



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