結局、会社に着いたのは昼をとおに越えた時間だった。皆に「まさか潮江がくるなんてなぁ」とか「近場なのに出勤してこなかったやつは頸だな」とか「俺なら休むけどな」といった感嘆と呆れの入り混じった表情で出迎えられたのが気恥かしくて、さっさと自分のデスクに行く。だが、電力が回復していない以上、仕事にならないのは一目瞭然で。溜まっていた仕事の構想をまとめたり仕様書の計算チェックといった、紙媒体の書類でできるものに限られた。

(久しぶりだよな、手書きだなんて)

今やパソコンに全て取って代わられているために、ずっと動かし続けていた腕が痛い。じんじんと肘の辺りに痺れが溜まりこんでいた。使ってなければこんなものなのか、と己の軟弱さに呆れる。それこそ高校の生徒会の時代は、こうやって紙に色々と書きつけていたってのに。

(まぁ、俺の仕事じゃなかったのにな)

俺はあくまでも会長職で、全体の前で喋るだけ、って前任の会長から引き継いだ時はそう聞いていたのに、なぜかいつも書類作成は俺がしていた。ペアを組んだのが仙蔵だったから、まぁ、仕方ねぇ。いつも人を顎のように使って、図太い神経してやがって、教師の前ではさも自分が作ったかのように振舞ってた。俺が「お前、将来、ぜってぇ意地悪な年寄りになるだろうよ」なんてなんて嫌味を言えば「美人薄命と言うからな。私はそんな長生きしないさ」とさらりと流したものだから、さらに「そりゃよかった、一生、お前の下でこき使われなくてすむ」なんて当てこするようなことを言えば、仙蔵は綺麗な笑顔を見せた。--------ずっとそんな日々が続くと思っていた。くだらない冗談で笑う日々が。だが、

(まさか、本当にいなくなるなんて、な)

ぐ、っと痛むのは腕だけじゃなく、胸の奥に閉じ込めた感情だ。普段は、組木の箱みたいに、簡単には開けられねぇようにしてあったはずのそれは、箍が緩んでしまったみたいに、今日に限って溢れだしてしまう。--------------何か朝から狂いっぱなしだからだろうか。

(って、余計なこと考えてねぇで、さっさと仕事しねぇと)

すぐに仙蔵の方に向いてしまう意識を無理やり書類に戻す。この紙みたいに真っ白な思考にしたかった。

(どうせ、もう二度と逢えないのだ。考えたって、無駄だ……)

***

「課長、これ、チェック終わりました」
「おー早いな」
「他にチェックするものとか、」
「あーあるにはあるけど、もう暗いしな。月曜でいいよ」

確かに日が落ちかけていて部屋は薄暗さを増し、電気がないと辛い状態だった。これ以上、仕事をするのは灯りがないと無理だ、という上司の判断は妥当なのだが、それで「仕事にならねぇし、今日は帰ってもいいぞ」と言われると返事に困った。黙っていると、ふ、と思い出したように上司が聞いてきた。

「そういや、お前、どうやって帰るんだ?」

来る時は会社にたどり着くのに夢中になっていて、すっかり忘れていた。というよりも、帰る頃にはどうにかなってるだろう、と思っていたのだ。だが、電力が供給されてねぇ、っていう状況は変わっていねぇし、交通網はますます悪化の一途を辿っているだろう。口ごもると俺の案じていることが分かったのか、「まぁ、あれなら誰かの家に泊めてもらったらどうだ? 何なら仮眠室でもいいが」そう提案して来た上司に俺は頷くしか術がなかった。

(にしても、いつ直るんだろうな)

にじり寄ってくる闇がじわじわと侵食していく世界--------まるで、夢を見ているかのようだった。



2010.12.24 p.m.3:58



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