雷蔵との通話をするまえに聞こえていたのは、どうやら12時を知らせる音楽らしい。もうお昼時か、と辺りを見回すけど、一向に街の様子が変わることはない。むしろ、情報がないことに人々の苛立ちと不安は増していく一方のようだった。それでもちゃんと秩序が守られているのはこの国らしい。再度、電話を雷蔵に入れるついでにご飯の調達をしようと入ったコンビニでは「困った時はお互い様ですから」と人のよい店主が、ただでおにぎりと温くなったペットボトルのお茶をくれた。断りを入れたが「レジは使えないし、温めてあったり冷蔵してあるものはこのままじゃどのみち廃棄処分なので」という言葉に甘えて、俺はそれをもらって車に戻った。

「ごめん、お待たせ。これ、ご飯」
「あ、ありがとうございます。お友達とは連絡付きました?」
「うん。心配してくれてありがとう」
「いえ。あ、先輩、メール、本社に送っておきました。それで本社から送られてきた資料です」

ハンディサイズのネットブックが隣の運転席から手が伸びてきた。おにぎりらが入った袋と交換し「先に読みたいから、庄左ヱ門は好きなの選んで食べてて」と渡されたネットブックにまとめられた資料にタッチする。パネルをパラパラと指でめくるような感覚で一通り目を通す。どれもこれも不可解なものばかりだった。
数年前に病死した妻に、事故死した恋人、その他色々。中には、太平洋戦争の時に死んでしまった息子なんてのもあった。

「庄左ヱ門、どう思う?」
「狐につままれたみたいですね」
「集団で? そりゃ、いいや」

ワハハ、と笑い飛ばしたかった。笑い飛ばせたら、どれだけ楽か。でも、俺は笑う気になれなかった。会ってしまったから。黄泉がえってきた人のその家族と。かなり粘ったが結局本人とは会えなかった。けど、その身内----------幼い頃に子どもを亡くした-----人の話は少しだけ聞けた。それが嘘か誠なのか、その真偽ははっきりとしてない。もしかしたら、黄泉がえってきたと主張する人と周囲とが共謀して騙しているのかも、って可能性も0じゃない。けど、限りなく0に近かった。---------------あれだけ、「うちの子が還ってきたんです」と信じきっている眼差しで母親に言われれば、嘘でしょ、なんて言葉、言えなかった。言えるはずもなかった。それは庄左ヱ門も同じだったのだろう。

「でも、もしかしたら、本当のことなのかもしれません」

そうぽつりと彼は呟いた。あの母親の、怖いほどに真っすぐに向けられた眼差しは、ある種の狂気を覚えるほどだった。けど、その狂気は、それほどまでに逢いたいと願う人物がいるからこその証なのだろう、そんあ気もして。ふと、気になって、俺はおにぎりを食べ終えた庄左ヱ門に訊ねた。

「庄左ヱ門は、もう一度、逢いたい人っている?」
「僕ですか? うーん、実を言うとあんまりなんですよね」

間髪いれず、そう告げた庄左ヱ門が続ける。

「祖父母は僕が産まれてくる前に亡くなったんで、仏壇の写真でしか知らないですし。尾浜先輩は?」
「俺も庄左ヱ門と似たようなもんかな。俺の場合は祖父母も健在だけど……というか、やっぱり即答だよね」
「え?」
「ううん、普通即答するよな、そうやって」
「そうなんじゃないですか? まぁ、すごく逢いたい人がいるって人は別でしょうけど」

頭の中を占めているのは、さっきの雷蔵の声。いつもより少しだけ低いのは、何かを誤魔化している時での無意識の雷蔵の癖、だ。大学から数年来の付き合いでしかないけど、それくらいは知っている。あの時は兵助のことが気になっていて、スルーしてしまったけど、今思い返せば、やっぱり雷蔵はちょっとおかしかったと思う。雷蔵が答えるまでのあの間が、何か引っかかっていた。即答しなかった、あの間が。

(すごく逢いたい人が、雷蔵にもいるのかな?  ……兵助のように)

まだ電話できずにいるもう一人の相手を想い、溜息がどうしたって車内を燻らせた。

「先輩?」
「や、何でもない。とりあえず、次の取材先に向かうか」
「そうですね」

先延ばしにしているのは分かっていたけど、できることなら、俺の口からは言いたくなった。

(逢いたいと思った相手が、黄泉がえってくる、だなんて)



2010.12.24 p.m.0:46



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