「ますます、混んできましたね。嫌だな」

嫌だな、と言う割に、ちっともそうは見えない面もちで庄左ヱ門は呟いた。さっきから渋滞のどつぼにはまったらしく、1ミリたりとも動いていない。ずっと先まで続くのはテールランプの赤。お盆や正月の帰省ラッシュですら見たことがない。

「そうだな。クリスマスイブとはいえ、普通に金曜日だからな」
「出勤のラッシュと重なったのは痛いですね」
「こんな時でも律義に会社に行こうとするのがすごいよ」

交通網は完全に麻痺に陥っていた。あっちこっちの交差点で事故車の残骸を見た。信号などを司る電気系統もやられてしまったらしく、未だに薄暗い目が三つ並んでいるのはちょっと不気味だ。日が昇ってきてようやく見通しがよくなってきたものの、渋滞が酷くなればなるほど、譲り合いの精神がなくなるのか、交差点で無理やり突っ込む車によって新たな事故が生まれ、それによってさらなる渋滞が生まれるという悪循環に完全に陥っているようだった。

「高速、機能してますかね?」
「どうだろうな〜。まぁ、前に前進するだけなら一番安全な道ともいえるけどね」
「確かに。ラジオが聞けたらいいんだけどな……この分だとダムに着くの、冗談抜きで夕方になっちゃうかもしれないですね」

カーナビに設置されたテレビはおろか、ラジオすら聞ける状態になくて、全く情報が入ってこなかった。恐らく、その状況はこの車だけじゃなく、他の人たちもそうなんだろう。街中で響き渡っているクラクションには、苛立ちと焦りと不安の色が溢れていた。

「あ、社に電話してみますか? 何か新たな情報が入ってるかもしれないし」
「なるほど、さすが庄左ヱ門。……っと、ちょうど、じぃさんからだ。もしもし」

話の途中でポケットに突っ込んだ携帯が震え、俺は相手を確かめると断りを入れて電話に出た。俺が挨拶代わりの言葉を発するよりも早く「今、どこじゃ」と、変な焦りが混じった声が腹に響いた。さらに何か緊急の事態が起こったのだろうか、と、こっちまで心がざわざわとする。とりあえず現在地を告げ、「全然、車が動かなくて」と嘆息を漏らせば、じぃさんは「なら丁度よい」と声を上げた。

「行き先を変更してくれんかのぉ」
「行き先を?」
「そうじゃ、ダムの方にはちょうど近くで与四郎が取材をしておったでのぅ。与四郎に頼むことにしたわい」

ちらりと庄左ヱ門が視線を俺の方に少しだけ向けた。じぃさんの馬鹿でかい声のことだ、きっと聞こえているのだろう。怪訝そうな面持ちを俺に(正確に言えば大川のじぃさんにだろうけど)向けていた。だが、不意に周囲の車が動き出して、慌ててハンドルに専念する。状況を詳しく知ることにした。

「いいですけど、どうしたんですか? どこかでこれに絡んで事故が起こったとか?」
「いや、そうじゃないんじゃが。ちょっと奇妙な現象が起こってるっていう情報が入ったもので真偽を確かめに行ってくれんかのぉ」

広域の停電と電力会社に連絡が取れないのも奇妙な話だが、それ以上に奇妙な出来事なんぞあるのだろうか。そう思いながら「奇妙な現象?」と先を促す。じぃさんは「そうじゃ」と言ったっきり、ふた息の間、呼吸を止めた。そして、ゆっくりと、信じられないことを口にした。

「死んだ人間が、甦ってきたんじゃ」



***

「どう、します?」

また車が立ち往生した。前後左右で鳴るクラクション。だが、誰にもどうにもできないんだろう。所々で事故処理や通行整理をする警官を見かけたが、この辺一体の電力供給がダウンしているのだとすれば、とてもじゃないが周囲の市町村の警官だけでは足りない。やっと動き出した車は、すぐに止まってしまった。まだ車が動かないと判断したのだろう、庄左ヱ門は俺の方に覗いを立てた。

「どうするって言われても、じぃさんの命令は絶対だからな。まぁ、まだ高速乗る前とかで儲けもの、って思わないとね」
「そうですね」

想像が付いたのか、庄左ヱ門は溜息を吐きだして「それで、どこに向かえばいいですか?」とすぐに頭を切り替えた。

「とりあえず目撃者の所に行って、真偽を確認するか」

私が告げた住所を庄左ヱ門は一度復唱して、それから恐ろしい速さで頭の中でルート変更を行ったらしく、「あー、じゃぁ、次の角を右に曲がりますね」と俺に教えるような口調で呟いた。タイミング良く、車が動き出す。すぐに近づいてきた角で庄左ヱ門はハンドルをきった。対向するのもギリギリなくらいの細い狭い道。それでも、喧騒から離れれば、それまでの煩さが嘘のように静けさに代わっていた。同じように裏道を走っている他の車が飛び出してこないか注意を払いながら運転していた庄左ヱ門は、ぽつんと呟いた。

「……先輩は信じますか?」
「何を?」
「何って、逢いたいと願ったら、死者が黄泉がえってくるっていうこの話ですよ」

やや興奮気味のじぃさんの話をまとめると、こうだった。この辺り一帯で、既に死んだ人物の目撃情報がすごい数であるのだという。つい最近の人物もいれば、ずい分昔の、戦争で亡くなった人までいるという。それらの特徴は、その亡くなった当時の姿なりで現れるということ。誰でも彼でも現れるというわけじゃなく、その亡くなった人に「逢いたい」と強く願った人がいる、ということらしい。そして、その黄泉がえってきた人々の中には、こう言った人もいるのだという。「三日間だけ、もう一度、逢いに来たのだ」と。

「庄左ヱ門はどう思う?」
「なんか眉唾物ですよね」
「さっきと言ってること違うじゃないか」

本当についさっき心霊写真の話をした時とは違う反応に思わず突っ込めば、庄左ヱ門は「だって、実際にこの目で見てませんから」とやけに冷静な返しをしてきた。それから「それで、先輩はどう思うんです?」と再び追及してきた。真っすぐな声音に、何となく嘘を吐いちゃいけない気がして、じぃさんから電話をもらった時からずっと考えていたことを口にする。

「信じる、よ。けど、そうであってほしくないな、って思う」
「どういうことです?」
「だって黄泉がえってくるってことは心残りがあるってことでしょ。それって哀しいことだなと思って。それに、」

ふ、っと自然と零れ落ちそうになった言葉を俺は呑みこんだ。ちゃんと耳に留めた庄左ヱ門が「それに?」と尋ねてきたけれど、俺は「ううん、なんでもない」と話を切り上げた。あまりに、淋しい考えだったから。まだ何か聞きたそうだったけれど、それ以上の追及は来なかった。賢い後輩だ。きっと言いたくないっていう俺の気持ちを察したのだろう。本当は、こう続けようとした。

(それに--------------ずっと一緒に入れるわけじゃないんだ。三日間限定だなんて、誰も、倖せにならない気がする。黄泉がえってきた人も、逢いたいと願った人も)



***

「どれくらい情報が回ってるんでしょうね」
「電気の? それとも黄泉がえりの?」
「両方です。まぁ、現実問題困るのは電気の方ですけど。これじゃぁ、何も身動きが取れない」

目撃者の家の近くに来て、また、渋滞にはまった。9時を回って、道の混乱はますます酷くなっている。ありとあらゆる抜け道を通ってきたけれど、川向うに行かなければならない以上、ここから先は、どうやったって数百メートル先の橋を渡らないといけないわけで。前の車の赤いブレーキランプを睨んでるしか、時間の潰しようがなかった。途中で庄左ヱ門と運転を変わったけど、のろのろ運転ってのはやっぱりストレスを感じる。

(よく、あんな何てことないように運転していたよなぁ)

後輩の寛容さに驚きつつ、俺はハンドルを握る手を軽く緩めた。

「今日なんて、せっかく、クリスマスイブだっていうのに、大迷惑ですよね」
「庄左ヱ門、何か予定あったの?」

色恋沙汰だったら丁度いい暇つぶしになるなぁ、なんて、ちょっと色を含んでからかってみたけれど、残念ながら「まぁ。けど、男ばっかですよ。いつものメンバーです」と嘘偽りなど微塵も感じさせない。いつもの、と聞いてぱっと浮かんだのは彼の同級生だった。俺も顔見知りである後輩たち。懐かしいなぁ、なんて思っていれば「尾浜先輩は、今日、予定とかなかったんですか?」と普通の口調で尋ねられた。

「俺、今日、昼からフリーだったからさぁ……あ、しまった」
「どうしたんです?」
「この分だと夕方に帰社とか無理よね」

このドタバタですっかりと忘れていたが、昼に会社から引けた後、ちょっと寝て、それから夜は鍋パーティーをする予定だったのだ。けど、現状から見て、とてもじゃないけど、目撃者の取材をして会社に戻るだけで時間がかかるだろうし、たぶん、その裏取りができたら、また別の場所に取材に出される気がする。

(電気の問題できっと他のライターも出払ってるだろうしなぁ)

そうなれば、とてもじゃないけど鍋パーティーどころじゃないだろう。悪いけど、先に約束をキャンセルしておいた方が無難そうだ。タイミングがいいことに、すぐ先にコンビニの看板が見えた。そこも車で満杯だったが路肩に止めるだけなら問題ないだろう。

「ちょっと電話入れてもいい?」
「どうぞどうぞ。彼女ですか?」
「ううん、俺も残念ながら野郎たちと、だったけどね」

笑いながらハンドルを切り、駐車場に侵入する。僅かに空いているスペースに車をねじ込んで止めると、エンジンはそのままで車から降り立った。すぐに「あ、僕が出ますよ」と気を使う庄左ヱ門に「ううん。すぐ終わるから」と断りを入れ、扉を閉める。斬りつける北風が痛い。ポケットに突っ込んであった携帯の電話帳から、一人の友人の名を選んだ。耳を詰る

-----------------------もう一人を選ばなかったのは、俺の脆弱さだ。

(雷蔵、出てくれればいいんだけど……)



2010.12.24 a.m.7:38



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