「あの、鉢屋くん、ちょっと、いいかな? 話があるんだけど」

あぁ、とすぐに悟った。告白だ、と。私を呼び出したのは、何度か一緒のシフトに入ったバイト先の女の子だった。訴えかけるような目が潤んでいて、その頬は赤らんでいたが、別に暑いわけでも日焼けしているわけでもないだろう。彼女が何を言ってくるかは想像がついたし、自分がそれに何て答えるかなんて最初から決まっていた。それでも、彼女に付いていったのは、この場所にいつ雷蔵が来るか分からないからだ。

「話って?」

海の家の裏手にあるシャワールームの建物の裏、やや影込んだ場所で歩を止めた彼女に単刀直入に切り出す。断続的な水音に混じって、楽しそうな親子連れや友だち同士の弾んだ声が聞こえてきた。そんな様子に耳を傾ける余裕は目の前の彼女にはないのだろう「えっと、」と言ったっきり黙り込んでしまった。日陰にいても肌に密と貼り付く暑さに汗が噴き出してくる。

(もうすぐ雷蔵と交代する時間だよな)

日焼けの痕跡が残るのがいやで腕時計はしてなかったし、生憎、携帯も持ち合わせていないから正確な時刻は分からなかったが、「今日は早上がりだから帰ったら休み明けの提出をしようかな。そうしたら、来週、ゆっくりお祭りとか花火大会に行けるし」と朝に呟いていたことを思い出し、少しでも早く雷蔵と交代してやりたかった。もじもじと体を揺すり、目を伏せがちにしたまま曖昧な笑みを浮かべているだけで、一向に進まない話にイライラしてきた。それが態度に出てしまっているのだろう、ますます彼女が委縮してくのが分かる。

「用がないんだったら、戻りたいんだけど」

これだけ冷たくあしらったら、脈がないのを感じ取って、普通、告白なんて止めてしまうだろう。そう思い、砂溜まりで踵を返し、彼女に背を向ける。と「待って」と今までにない、はっきりした声が届いた。まさか、まだ呼び止められるとは思ってもおらず、つい、振り返る。

「……好きです。付き合ってくれませんか?」

凛然とした真っすぐな彼女の声に、ぐ、っと息が詰まった。あれだけ『告白してきても断る』というオーラを出していたというのに、それでも、まだ体当たりしてくるなんて。駄目だと分かっていても告白してくるその勇気に、驚きよりも称賛だとか羨望に近い思いで眩しく彼女を見つめる。

(私も彼女ぐらい、真っすぐに想いを伝えることができたなら)

その一念で黙ったまま見つめていると、彼女が「鉢屋くんが好きです。私と、付き合ってくれませんか」と再度、意志の強い眼差しを携えて告白してきた。断らなければ、という頭とは裏腹に、その力強さに唇が動かない。助けを求めるように辺りに視線を彷徨わせて、

「っ」

心臓が強打された。私が固定した視線の先を辿った彼女が「あ、不破くん」と恥ずかしげに小さく呟く。きっと、さっきの彼女の言葉を聞いていたのだろう。一瞬の躊躇いの後、「ごめんね。もう上がるから、休憩交代しようと思って、三郎を探していたもので」とばつが悪そうに口を歪めた。それから、は、っと顔を上げて私と彼女を交互に見遣る。

「あ、ごめん。僕、お邪魔だったよね。三郎、後は僕やっとくからさ、気にせずに上がりなよ。ね」



***

取り残された私は彼女に「悪いけど」と告げ、急いでシフトの場所に戻った。私の顔を見た雷蔵は「もういいの?」と心配そうに首を傾げた。頷けば、それ以上、追求することもなく、「じゃぁ、僕、帰るね」と何事もなかったかのように帰っていって。その後、私は再び彼女と共にシャワーの受付業務を再開したけれど、気まずさなんか全く感じてなかった。というよりも、眼中になかった。頭の中が雷蔵でいっぱいだったから。

(私が告白されても、雷蔵は何とも思っていないんだな)

空しさを抱えたまま、重たい足を引きずって帰路の途に付いていると、少し先のコンビニにその背中を見かけた。

「お、いいもの食ってるな」

どうせ同じ方向なのだ、そのまま無視するのも、後を付いて歩くのも微妙な気がして。雷蔵が持っていたソーダ味のアイスキャンディーに目敏く気づいた私は、それを口実に近づいた。は、っと顔を上げた雷蔵が掌握する棒の先端で、さっきまで長四角の形をしていたそれは、まだ残る熱に耐えきれないのだろう、ぐずぐずとその形を変えていく。ゆるゆると、溶けたアイスは持っている手から肘のあたりまで伝って、そこで溜まって、ポタポタと足もとに薄青色の水たまりを作っていた。

「三郎。今、上がり?」
「あぁ。なぁ、それ、くれないか」
「えー」
「うわ、ケチだな」

冗談ぽ軽く雷蔵を小突いた瞬間、緩みにゆるんでいたアイスが棒から外れ、落下した。

「あー、僕のアイスが」
「悪ぃ」
「三郎の馬鹿。アイスのために、わざわざコンビニに買い物来たのに」

膨れ面を見せる雷蔵に「悪かったって」と謝れば「ちっとも心が篭ってない」とあっさり切り捨てられた。それから黙り込んでしまって「雷蔵?」と声を掛けてもちっとも、固まったまま返事が全く返ってこない。目の前で「おーい雷蔵さーん」と冗談ぽく手をひらひらとさせれば「三郎」と怒気の篭った声が空気を震わせた。



***

「すみませんでした」

勢いよく、そして深々と頭を下げて雷蔵にさっきと同じアイスを捧げれば「しかたないなぁ」と芝居気たっぷりに返された。それから「このお代は高いからね」と傍らに立てかけてあった彼の自転車に目配せをした。彼の代わりに自転車を押して歩くことにする。車輪が回転するたびに、カタカタと、周期的に何かが引っかかる音が連なった。片手で自転車を押しながら、もう片手で袋からアイスを取り出して口の中に押し込むと、淡いソーダの味が小さく弾けた。雷蔵も今度は溶ける前に食べようと、さっと銜えた。じり、とはびこる熱とは対照的に、咽喉に冷たさが下っていく。

「あー、暑つっ。脳みそ、溶けそうだ。助けてくれぇ」
「三郎に脳みそあるの?」
「うわっ。そーいうこと言うか? この天才、鉢屋三郎様に」
「はいはいはいはい」

さっきのことを聞くのが怖くて、くだらないやり取りをしてしまう。雷蔵がどう思ったのかを知りたい、と切に願う一方で、その真実を知るのが怖くて。きゅっと、唇を引き締め、固く切り結ぶ。閉ざした唇を開いてしまったら言いたいことも聞きたいことも溢れ出しそうで、息をするのすら怖い。アイスが口の中に入っていてよかった、と心から思う。----つい、雷蔵から目を逸らしてしまっていた。

「三郎」

私は視線を上げることすら、できなかった。射るような太陽の光線が、足もとで2つ、濃い色の影を切り抜く。俯いたまま「何?」と返した声は、思っていた以上に固くなってしまった。あやふやに雷蔵が笑ったような気がした。「ううん、なんでもない」って呟きが揺れていたような気がしたから。急に落ちた沈黙を上手にやり過ごす術が見つからなくて。誤魔化すように、アイスをかみ砕く。歯噛みすると、口の中にソーダとは違う味が広がった。湿っぽい、かすかな苦みのある。木べらの、味。

「あ、」

すっかりとソーダの面影がなくなって、その木べらの味ですら分からなくなって、ようやく口から木べらを出し、思わず声を上げていた。その唐突さに、隣を歩いている雷蔵の肩が跳ねたのが分かった。困惑の色を浮かべた彼に、『あたり』と刻印が刻まれているそれを掲げる。それから「当たりだ。雷蔵、いるかい?」と尋ねれば、彼は「昔も、こんなことあったね」と、まだ口にアイスを含んでいたのだろう、くぐもった声が返ってきた。それから「ちょうだい」と温かな笑みを湛えて私の方に手を差しだした。と、その笑顔を見たとたん、パチン、と何かが、弾けた。私の中で、何かが。さっきまで口にしていたソーダみたいに、パチンと。

「雷蔵」
「何?」
「雷蔵」
「どうしたの?」

私と雷蔵の間を、沈みゆく太陽に焦がされた風が通り抜ける。枯れかかった夏草は、圧し掛かった風の熱に倒される。ざらざらとした乾いた砂が、舞った。自転車の車輪が延々と同じリズムを刻んでいる。どこまでも続くアスファルトの道は熱されて歪んで見え、景色は白く霞んでいた。

「すきだ」

世界の果てが、そこにあるような、そんな気がした。

「……三郎」
「雷蔵が、好きなんだ」

右手にさっき渡した私の棒、左手に食べかけのアイス。雷蔵は、立ちつくしていた。雷蔵の手を、つぅ、と水色の塊が伝い落ちた。さっきまで必死にしがみ付いていた最後のひと欠片が形を亡くしていた。アイスの残骸が足元に染みを作る。けれど、雷蔵はそれを気にすることなく、私を見ていた。きゅっと、引き締められた眉。その以上の言葉を拒む眼。けれど、今度は雷蔵から視線を逸らさなかった。逸らしたく、なかった。

「……ごめん」
「そのごめんは、どういう意味?」
「……だって、三郎は大切な従兄弟だし、そうやって」

彼の言葉の続きを奪って「考えた事、なかった?」と尋ねれば、彼は暫く躊躇った後、小さく頷いた。



0802 「だったらさ、一度でいいから、考えてくれないか」

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