どんな奴かと問われ、俺は思わず考え込んでしまった。目の前にいる彼は、今、話題に上った奴と同じような面立ちをしている。けれど、やはり、違うのだ。「んー。というか、雷蔵の方が詳しいんじゃないの」俺の言葉に、彼はその柔らかな陽だまりのような眼差しを小さく濁した。溶けだした苦笑に何かわけがあるのだと分かったけれど、その唇は固く結ばれ、緩ませることは難しそうだった。仕方なく、改めて頭に浮かべる。鉢屋三郎、その人を。

桜が咲き綻び、新芽が空に伸び、緑が濃くなり、やがて茜空よりも鮮やかに染まった葉が朽ちていき、気がつけば眠りに就き、そうしていつか、また梢に紅が差される。気付かないうちに、いくつもの季節が巡り、いつとせが経っていた。 そう、5年だ。傍にいることが当たり前すぎて、どんな奴か、などと考えることがなくなっていた。それこそ、出会った頃は考えない日がなかったくらいだったというのに。

「どんな奴、ね。……俺の印象は、そうだな、捨てられない人、なんだろうな」
「捨てられない人って?」

言葉の意味を確かめるかのように、雷蔵はゆっくりとかみしめながら呟いた。意外、というよりも、自然に受け入れたような面持ちで。おそらく、雷蔵の中にもその認識があるのだろう。けれども、そのことを口にせず、彼は視線だけで続きを促した。

「三郎はさ、口では『棄てろ』なんて非情なことを言うくせに、結局は捨てきれない」

生きて帰るのが忍。手段を選ばないのも忍。もしも仲間が瀕死の重傷を負い、足手まといになるならば、俺は迷わず切り捨てる。顧みることはあるかもしれないが、後悔はしないだろう、という思いがあった。

「だいぶ前の実習で俺がドジを踏んだ時の事、覚えてるか?」

学年が上がれば必然と増える怪我。かすり傷なんて、数すら覚えてないが、大きいのもまた、思い当たる節が色々あるのだろう、首を傾けて考え込んでいる雷蔵に「ほら、4年の冬の」と告げると、「あー、肋骨がいっちゃってた時の?」と彼は俺の方に視線を戻した。

「あの時さ、三郎と一緒に組んでたんだよ」
「そうなんだ」
「あぁ。その時にさ、三郎の奴、俺をかついで峠を越えようとしたんだよな。置いてけっつってもさ、『死人に口なし。黙っとけ』って聞かないんだよな。おかげで俺は大事に至らなかったけどさ、」

そこで言葉を飲み込むと、雷蔵は怪訝そうに俺の方を見やった。大きな眼がぐるりと動き、「それで?」と問われた。あぁ、と小さく相槌を打ったものの、次の言葉が出てこない。浮かび上がる感情の色が次々に変化し、あやふやな言葉の残骸だけが打ち寄せられ、掴み取ろうとしても指先をすり抜けていく。つまってしまった俺を急かすわけでもなく、雷蔵は、優しく瞬きをして待っていた。

「……捨てれないってのはさ、ずるいよな」

訥々と零れた言葉にも関わらず、雷蔵が「ずるいって?」と温かく包み込むように尋ね返してきてくれた。その分、次の言葉がすんなりと出てくる。

「だってさ、生きることに期待してしまうだろ」
「それは駄目なことなの?」
「駄目っていうか……それで生還できたとして、けれど、忍として致命的な怪我を負っていたら、と思うと、ぞっとする」

俺の言葉を雷蔵は肯定するわけでも否定するわけでもなく、ただただ、聞いていた。目にまっすぐに宿る光でさえ、その色ははっきりとしない。感情を殺している訳でもないその眼差しに向かい話しかける。

「そう三郎に言ったんだよ。そしたらさ、三郎の奴、何て言ったと思う?」
「『俺の我儘なんだ』だと」
「どういうこと?」
「『俺が生きてほしい奴には、地を這ってでも生きてもらう』だそうだ。駄々をこねる子どもみたいだな」

三郎の声音を真似た俺の言葉に雷蔵は「それなら、僕たちは相当、長生きをしなければならないね」と小さく笑いを洩らしながら答えた。



捨てられないのはずるい人

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