すっかり甘い匂いが染みついてしまった鞄はげんなりするほど重たかった。一個一個の大きさはさほどあるわけじゃないから、気持ち的なものだろう。もらえるのは悪い気はしないけど、一番ほしい人にもらえないんじゃ、やっぱり、意味がないと思うわけで。どうやって処理しようかな、と考えながら帰宅の途についた。

「ただいま」

玄関に転がったスニーカーに自然と唇が緩む。雷蔵はもう帰ってきているらしい。横に傾いて倒れていたそれを立て直し、自分も履いていたブーツの紐に手をかける。早く雷蔵の顔が見たい。もどかしさに、半分だけ紐を解いた所で足をすり合わせて脱いで、さっさと中へあがった。今度は部屋の中にいるであろう雷蔵に向って大きな声で言う。

「ただいま」
「あ、おかえり」

ソファでリモコンを抱えながらテレビを見ていた雷蔵が振りかえった。画面からは馬鹿でかい笑い声。バラエティかなんかだろうか。ふわり、と微笑んだ雷蔵はその場から立ち上がった。

「寒かったでしょ。温かいものでも淹れようか?」
「あー。だと嬉しい」

台所に向かう雷蔵の背中を見送りながら、息が詰まるぐらいがっちりと巻きつけたマフラーを外す。夜の外気を含んだそれは、しっとりとした冷たさが未だ残る。ダウンを脱いでハンガーで吊るしていると深みのある風味が部屋に蕩け出した。

「インスタントだけど」
「ありがとな」

雷蔵から受け取れば、カップの中に白い円が幾重にも広がった。天井からぶら下がっている丸い蛍光灯が、黒い水面でゆらゆらと泳いでいた。雷蔵がソファに座りざまに、テレビのリモコンを押した。キンキンとした笑い声が途絶え、その反動か、唐突な静寂に耳が奪われる。カップに口を付けている雷蔵の隣に座れば、彼は私の方に目だけを動かした。不意に、コーヒーの酸味とは違う、もっと、とろりとした芳香が私を包み込んだ。

「ウィスキー、入れた?」
「体をあっためるなら、手っ取り早いかな、と思って」

上目気味に「この後、出掛ける予定でもあった?」と見られ、慌てて首を振る。

「いや、ないよ。けど、」
「けど?」
「何かあてがほしくなるな」
「チョコならたくさんあるけどね」

ぼそり、と雷蔵が呟いた。誰からもらったのか、と問い質したい気持ちでいっぱいだった。というか、一日、そのことを考えていた。カッコ悪りぃけど。よく分からないプライドが口を滑らすことをギリギリの所で押さえつけた。気まずくてコーヒーに口を付ける。粘度のあるアルコールの熱が喉を焼いた。私の胸中も知らず、雷蔵はと言えば、鞄の中からチョコレートと思われる箱を取り出した。そのラッピングの気合の入りように、本命です、と叫ばれている気がする。

「三郎、これ」
「いいのかい?」

毎年、雷蔵もそれなりの数をもらっているが、私と違って必ず全部自分だけできちんと食べきる。本人曰く、「想いには応えれないからせめて」ということらしい。雷蔵らしいといえばそうだが、私としては複雑だ。その雷蔵がチョコレートを差し出すなんてありえないことで。雷蔵が私のために買ってきてくれたんじゃないか、って期待してしまった。(とはいえ、自分は恥ずかしくて雷蔵に買えなかったのだけれど)で、もろくも、その夢は一瞬で崩れ去った。

「いや、僕のじゃなくてさ。たぶん、三郎のだと思う」
「私の?」
「帰りに渡されたんだけど、どうも三郎と僕を間違えたみたいなんだ」

ほら、と示されたメッセージカードの宛名は確かに私の名前だった。とりあえず、受け取ったはいいが、開封する気にはなれなかった。手の中でもて余していると雷蔵が不思議そうに私を見やった。

「開けないの?」
「んー。…あんまり食べる気にならない」
「何で?」
「だってさ、私と雷蔵の見わけがつかない人からもらっても嬉しくない」

本当に好きって思われてない気がする、と正直に告白すれば、雷蔵は眉尻を困ったように下げた。

「本当に好きなら、見わけがつくと思うんだがな」
「ほら、今日、僕さ三郎のジャケット借りてたし。後ろから声掛けてきたから分からなかったんだよ。それにさ、すごく緊張してたみたいだしさ、だから、きっと気付けなかっただけだよ」

きっとそんなに知らない相手なはずなのに、一生懸命に言葉を探して、優しくフォローしようとする雷蔵に、ふ、と笑みが零れる。

「やっぱり、駄目だな。その人は」
「何で?」

見知らぬ他人に心を痛めることのできる雷蔵は、私の言葉に雪が降る前の曇り空のような、ひどく淋しそうな表情を浮かべた。

「チョコレートを渡す相手を間違ってる」
「え?」
「私だったら、絶対に雷蔵に渡すんだが」


惚れちまうだろバカ!


(やっぱり、買ってくればよかったな)


title by メガロポリス

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