※掌篇のHome設定(4人でルームシェア)

吹きさらす風に、ダウンジャケットに身を縮こめながら、門表の傍に立て掛けておいた原付に向かう。

(あ、鍵どこ入れたっけ?)

降りた時の記憶を辿りポケットに手を入れると、防犯用のライトが途切れ、ぱ、っと暗闇が落ちた。探りに入れた指にキーホルダーが当たり、かちゃり、と音を立てた。すぐに見つかったことに、安堵を覚える。こんな吹きさらしの所に長くいたら風邪を引いてしまうだろう。掌に鍵を収め、座席の下にしまっておいたヘルメットを素手のまま取り出す。金属の部分に触れると、皮膚に張り付いて剥がれてしまうんじゃないかってくらい、冷たくて。「早く帰ろう」と独り事を呟き、メットを被ろうと、顔面に掛かる髪を振り払いながら首を後ろに反らして、

「あ、」

まあるいまあるい、月だった。金色の、やわらかい光を纏ったそれは、とても大きくて。とっぷりと沈んだ闇の中で、静かに宙をのぼって行くところだった。小さい頃読んだ絵本の、オムレツみたいで口元が自然と綻んだ。

(…三郎に見せてあげたいなぁ。電話でもしようかな)

ふ、と、見事な月に、そんなことを思った。けれど、『月が綺麗だから』だなんて理由で電話をするのは、なんだか躊躇われた。三郎のことだから、「本当だな」なんて言ってくれるんだろうけど、大の男がそんなことするのも気恥ずかしくて、どうしようかなぁ、と携帯へと向かう指は冷たい風を掴んだ。

「っと、」

脇腹あたりに妙な違和感を覚え、動きを止める。ダウンジャケットの中にあるせいか鈍いけれど、確かに携帯が震えているのが分かった。慌ててポケットに手を突っ込み取り出す。バイブレーションの種類から電話だと気づくと、発信者を確かめずに通話のボタンを押して、耳に当てた。

「もしもし、」
「三郎!」

穏やかな低音のそれは、僕が今一番聞きたかった声で。ぴったりなタイミングに、思わず声を張り上げた。すぐそこに三郎がいるような気がして、なんだかふわふわと優しい気持ちが胸を覆う。僕が叫んだせいで生まれたハウリングに、三郎は驚いたようで、電話越しに息を飲むのが、伝わってきた。

「ちょ、雷蔵? どうしたの?」
「あ、ごめん。ちょうど電話しようと思ってたから、ちょっと、びっくりしちゃって」
「何か用だった?」
「用っていえば用なんだけど、」

改めて問われると、『月が綺麗だから』なんて、口にするのが恥ずかしくて、思わず誤魔化した。

「あー、うん、やっぱり、いい」
「何それ。気になるんですケド」

拗ねたような、少し尖った口調に苦笑を返す。けれど、やっぱり電話で話すのには、ちょっと照れがあった。悩んだ末に、「んー、じゃぁ、帰ってから話すよ」と告げると電話の向こうで三郎が小さく笑ったのが分かった。

「わかった。あ、そうそう。今日って家庭教師だったっけ?」
「うん。でも、ちょうど、終わった所。もう帰るよ」
「じゃぁ、待ってる。ハチはバイトだけど、兵助は帰ってるから、3人で食べよう」
「ありがとう。あ、途中でスーパーの前通るけど、何か買ってく物ある?」
「あー、ちょっと待って」

三郎の声の向こう側で、何かを探っているのが伝わってくる。スーパー袋の中でも見てるのだろうか、ごそごそ、とした音がしばらく続いて。今度は冷蔵庫だろうか、探している音に、パタンパタンと、空気が締め出される音も加わる。

「あ、グレープフルーツジュース、買ってきて」
「100%の?」
「うん。名前書いてあったのに、ハチが全部飲んじゃったから。お金はハチに払わすから、上乗せしてやっていいよ。好きなもの買ってきて」
「それは、ハチが可哀そうじゃない?」
「いいんだよ。名前書いてあるのに飲む方が悪い。何度目、って話だし」
「んー、じゃあ、明日は僕が食事当番だから、ついでに、明日の食材を買ってくるよ。あ、ちなみに、夕食のメニュー何?」

すぐに帰れるように、と三郎と話しながら、空いた手で鍵を原付に差し込む。

「オムレツ」

その言葉に、思わず空を見上げた。闇に佇む月は、柔らかく光を拡散していて。
それは、真っ黒のフライパンに広がった溶き卵みたいで。ぴかり、と輝く月は、やっぱりどう見たってあの絵本のオムレツみたいなのだ。

(なんか、変なの)

三郎がこの月を見たわけではないと思うけれど。なんだか妙なシンパシーを感じて、思わず笑いが噴き出した。笑いが止まらない僕に「雷蔵?」と怪訝そうに問いかける彼に、「ん、帰ってから話す」と告げて。僕は、もう一度、まあるいまあるい月を見遣った。


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