※某チャットでお世話になった時に目覚めた(笑)音大パロです。竹久々メインだけど、勘ちゃん含む5年メンツはいつものように出張ります!ノリ重視なので音楽知識は当てにしないでくださいませ、、、


あの後、どうやって竹谷と別れたのか、さっぱり覚えていなかった。あの場から逃げ出すようだったのかもしれないし、彼にさらに罵詈雑言をぶつけたのかもしれない。気が付けば、自宅のアパートへと戻っていた。やけに手が軽いな、と玄関の扉を開けようとして、ヴァイオリンをケースごと忘れてきたのに気がついた。

(しまった、な)

予備のはあるとはいえ、あのヴァイオリンは父さんと母さんが入学の時に贈ってくれたものだった。名器ともなれば云千万ともなるそれはランクからすればずっと低いものだった。けれど、俺のためにと一生懸命働いてくれている両親から貰ったものだ。思い入れのある大切なものだった。けど、竹谷に会うかもしれないと思うと、あそこに取りに戻る気にはなれなかった。

(もうパートナーは解消だろうな)

何もするにも億劫で、電気も付けないままベッドに直行し、そのまま倒れ込んだ。目を閉じでも、物音一つない静謐な闇に竹谷の声がリフレインする。頭が痛い。ぐ、っと奥歯を噛みしめる。自分でも馬鹿なことをしてしまったのは分かっていた。けど、どうしても許せなかった。あの先輩の行為が、言葉が。

***

「ふーん、意外な曲に挑戦してるな」

空気を震わす余韻をぶち壊されて振り向けば、件のコンペに出ると聞いたヴァイオリン科の先輩が立っていた。「ブラボー」と嫌味ったらしくわざとためた声音と拍手で迎えられたが、相手は年上だ。そこは「どうも」と頭だけ一応下げておく。彼は勝手に部屋にずかずかと入ってくると竹谷の定位置であるピアノの椅子に腰を下ろした。それだけで何だか不愉快だったが、まさか「出て行け」とも言えず、肩当てからヴァイオリンを外す。彼の背後、ピアノの蓋の上に紙と鉛筆が置かれたままになっていた。この部屋は最近俺たちしか使ってないから、恐らく竹谷が作曲の途中で授業に出ていったのだろう。楽譜が苦手な彼がインスピを紙に書き留めて曲を創り出しているのを俺は知っていた。

「自由曲はピアノ方の趣味かい?」
「……敵情視察ですか?」
「まさか、久々知の応援だよ。堅物の久々知がこんな雰囲気重視の曲を弾くなんてね」

くすくすと笑う先輩は、自分の苦手とする部類だった。まぁ、あまり得意な人もいないかもしれない。皮肉と当てこすりしか口にしない先輩だが、それでも、腕は確かなのだから厄介だった。出る杭は打つと公言してはばからない先輩のことだ。コンペを前に何か言いに来たのだろう。適当に聞き流しておこう、とヴァイオリンの弦をいじりながら言葉を返す。

「選んだのは俺ですけど」
「へぇ、意外だなぁ」
「俺自身も驚いてますよ。けど、竹谷となら演奏ができると思ったんで」
「ふーん。あの『竹谷』となら、ね」

知ったようなその口ぶりに「竹谷と組んだことがあるんですか?」と尋ねれば「まさか」と先輩は嘲笑った。

「しかし、久々知も落ちたね。そんな曲、選曲するなんて」

それは悪かったな、と心の中で毒づきつつも、「はぁ」と相槌だけは打つことにした。自分への嫌味だ。十分ぐらい我慢すれば、そのうち厭きて先輩も出ていくだろう。糠に釘、は得な方だった。それこそ最初は腹が立ったが、嫉妬の渦巻く世界だと分かれば多少の嫌みは称賛の裏返しだ、そう割り切ることにしていた。

「ま、けど関係ないか」
「何がです?」
「どんだけ練習しても、本番にさっきの自由曲は弾けないだろうから」

暗に出場できない、と宣戦布告されたことに「それは、分かりませんよ」と即答する。

「久々知は奨学生だったよね」
「え……まぁ。それが?」
「コンクールに出れないとなると、困るんじゃないかい?」

ふふ、と笑う先輩の目が歪んだ。音楽を続けるには馬鹿にならないくらい金がいる。奨学生とはいえ、特別レッスンや譜面代、楽器のメンテナンスなどのことを考えれば、どんどんと財布から札が飛んで行った。バイトをしようにもそれで練習時間が減ってしまって腕が落ちたら元も子もない。手っ取り早いのはコンクールに出て賞金を得ること、そしてプロになって事務所と契約することだった。

「取引をしないか?」
「取引?」
「あぁ。お前がこのコンクールに出ないってのなら、次の学コンでは優勝をお前に譲ってやるよ。学コンでの優勝者は授業料免除と留学の権利。ヴァイオリン科で優勝できる実力があるのはお前と僕ぐらいだろう。他の若手が出てくるこのコンクールで賞を取るよりも、ずっと楽だろ」

そう、打算だったのだ。最初、学園長からコンクールの話が来た時は、腕さえあれば、誰でもよかった。別に竹谷とじゃなくても。けど、今は--------。

「お断りします」
「っ」
「このコンクールじゃないと意味がないんです。竹谷とじゃないと」

先輩の顔がさっと蒼くなり、すぐに真っ赤になるのが分かった。閉まったピアノに手を付き「せっかく、人がした手に出てやってんのに」と椅子から立ち上がる。ぐしゃり。嫌な音が耳を舐めた。竹谷の、曲。

「……手、どけてください」
「は?」

俺の言葉に意味が分からなかったのか、先輩は「は?」と手元を見下ろした。それから「何だ、これ」とつまみあげると暫くそれを眺め、それから「ドーソファミー」とへらへらと歌いだした。ワザとらしく音程をずらしたり、語尾を上げてみたりして、時々ちらちらといやらしい視線を投げた。

「返してください」
「何これ、久々知が作った…わけないか。ってことは竹谷?」
「放してください」
「にしても、何だよこれ、ゴミだな。小学生でももっとましな曲作るぞ」

ぐしゃり、と、今度は意図的な音が耳に届いて、怒りに握りしめた拳が震えた。

「その手、放せって言ってんだろ」

***

自分への嫌味はどれだけ言われたって、平気だった。けど、竹谷を馬鹿にされたのは駄目だった。今、思い出しただけでも、目の前がかっと赤くなる。竹谷が部屋に入ってこなかったら、きっと、ぼこぼこに殴っていた。竹谷を傷つけるのは、何があっても許せなかった。だけど-------。

「っ、」

瞼の裏に竹谷が過る。一番竹谷を傷つけたのは、きっと俺だった。「ああ、そうだな。……金賞を狙うための、即席のな」と告げた時の、彼の苦しげな表情が俺に灼きついて離れない。振り払っても振り払っても、すぐに現れる。どれだけ目をきつく瞑っても、竹谷のあの表情が消えさることはなかった。



グラーヴェ、沈み行く心


title by Ronde of dream

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