※過去・家族環境に捏造色が濃いです。鉢雷前提の鉢+竹。年齢操作2年冬


(いったい、どこまで行くんだろう)

青色の小さな背中が藪に埋もれていくのを見かけ、付いてきたのはいいけれど。獣道ですらもう少しましだろう、と、なぎ払ってもなぎ払っても振りかかってくる草葉に思わず悪態を吐く。かき分けるには自分の方が幾分背が低いのも災いし、頬が切れそうになった。枯れているものが多いとはいえ、目に入れば傷がつく。ところが先に進む彼は、どんなこと気にも留めてないようだった。迷いなく軽快に進んでいく同級生の姿を見ると、今更後に引けず、私はひたすら足を運び続けた。

(一歩間違えれば、神隠しだな)

頭上は、冬でも葉の落ちぬ木々が鬱蒼と隠していて、昼間だというのに薄暗い。深奥く陰に残された雪は融けるを拒むように頑なに居座っている。踏みしめると、ざくり、と砕けた。微々たる足音でさえ、耳の奥に直接響くような、そんな静けさの中、私は少し先の道なき道ををどんどんと進んでいく級友を追いかけた。

(っと)

不意に、ぐるりと包み込むように辺りを覆っていた藪が途切れた。生えていた草木に火が放たれたのか、焦げた痕跡があって。均された土は墨のごとく黒く、そして、妙な光沢がてらてらと光っていた。その、ぽっかりとした空間の中心で、彼は膝を抱えていた。

「ハチ」

脳裏に浮かぶ“彼”の笑顔を自分の表面に再現されているのを確信して。それから、ゆっくりと、息を押し出すように、彼の名前を呼ぶ。ふ、と開いた彼の目に、深い森の残像が映り込んだ。

「ハチ、何してるの?」

もう一度彼のことを呼んだ私の声は、息の間すら同級生の雷蔵にそっくりで。自惚れでもなんでもなく、完璧だ、と心の中でほくそ笑む。上級生でも見抜くことが難しい私の変装で、ハチはこれまでに何度も騙してきた相手だった。何度というよりもほぼ百戦百勝といった所か。どうしたらこんなにも騙されるのか不思議なほど、当たったことがなかった。さてと後でどんな悪戯をしかけようか、と思案していると、座りこんでいた竹谷が立ち上がった。



「あぁ、鉢屋か」

私を見つめる彼の目に映り込んだ森の残像は、凛然と聳えていた。揺るぎなく結ばれた唇から、私の名前がこぼれ落ちた。事もなく正解を告げられ、ぐるり、と頭の中がざわつく。得体のしれない恐怖に全身が粟立つのが分かった。

(あ、れ? 何でばれたんだ?)

「あれ? ばれたか」

内心の焦りを隠し、とりあえず、不必要になった"雷蔵"の笑みを削ぎ落とす。それから、“悪戯に失敗した時の三郎”を貼り付けようとしたけれど、頬が引き攣るのが自分でも感じた。いつもなら簡単に騙される竹谷の変調に、上手くいかない。竹谷が、見ていた。

(失敗は赦されない、)

刹那、脳裏を過ったそれ。服に折り込むように隠した武具に自然と指が掛かっていた。膨れ上がりそうになる血潮が耳の裏を舐めるようにざぁぁと落ちていく。この寒い真冬だというのに手には汗をかいていた。心臓の拍動が合図。数唱。1、2-----------。

ぎゃぁぁ、

対峙する私たち達の間に横たわる沈黙が破られた。縫い合わさっていた私たちの視線が散った。竹谷の視線を追う。私の背後、生き物の叫び声が劈いていた。

(-------白が、私を見てる)

そう思ったら、動けなかった。抜いて斬る。ただそれだけの行為のはずなのに、私の手は武具に固定され、氷の中に閉じ込められてしまったかのように、一切動かなかった。ふぅ、とふぬけた息が眼前から昇るのが分かった。それでもまだ緊張しているのか乾いた声が届く。

「……ばれるだろ。気配が違いすぎる」
「いつもは間違うくせに。竹谷は森の中に入ると、途端に、敏くなるな」

固まりついていた表情はほぐされ、やがて、渋い笑みへと代わった。氷柱よりも鋭い空気が緩まったのを感じ取って、武具に引っかかったままだった指先を外した。特に構えのない竹谷の横へと、ゆっくり、歩を進める。そんな私から逃げるわけでも止めるわけでもなく、竹谷は自然とその場に佇んでいた。

「で、こんな所まで、どうしたんだ?」
「ん、竹谷が森の中に入ってたからさ。何か面白いものあるかなぁ、と思ってついてきた」
「ついてきた、って」

不躾な視線を、じろりと這わされたけれど、それは、さっきとは違って。得体の知れぬものを見るような目つきは、私にはよく向けられる類のものだった。竹谷の考えていることが分かり、その視線を無視して、さっきはまともに見れなかった周囲を見回す。

「で、竹谷はこんな所に何をしに?」
「……墓参り」
「はかぁ?」

思わぬ返答に、思わず声を上げていた。その途端、ざわり、と目を覚ました木々が騒ぎ立った。いや単なる風だった。そうと分かっていた。けれど、起こしてはいけない子を叩き起こしたかのような感覚に、慌てて口を噤む。

「……雪に埋もれていた間は、来れなかったから」

竹谷の茫洋とした眼差しの先には、僅かに盛り上がった土があった。奥には土の汚れを受け入れた雪がその身に泥模様を纏っていて。拒むことのできなかった、白は、ひどく痛々しく見えた。

「寒いな」

思わず洩らした独り言を、竹谷が静かに引き受ける。

「あぁ。けど、もうすぐだ」
「何が?」
「春」

竹谷の言葉に「春、か」と呟いてみたけれど、未だ暗い森では、そんなことが信じれなかった。

(拒むことのできなくなった時、この白は何を考えたのだろう)



拒む白


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