終電の時刻が過ぎたと分かるや否や、仙蔵は急にグラスを開けるピッチを速めた。酒癖があまりよろしくなく、しかも、無自覚なだけあって、何度も「そろそろ帰るぞ」と声を掛けたが、奴は「どうせタクシーで帰るんだ。何時になっても同じだろうが」と頑として譲らなかった。しかたなしに付き合い、ようやく仙蔵が「帰るぞ」と宣言した頃には、店に残っているのは俺と仙蔵だけだった。もちろん、そんな時間だ。店の外に出たはいいが、なかなかタクシーはつかまらなかった。とにかく大通りに出ようと、コートの襟を立て、静寂に眠る街に靴音を響かせる。

「なんでタクシーがいないんだ」
「仕方ねぇだろ、こんな時間なんだ。駅までいきゃ、見つかるだろ」

前に、あんな電飾でぐるぐる巻きにされて街路樹もさぞかし迷惑してるだろう、と仙蔵に言ったら「お前は女ごころが分からないやつだな」と一蹴された、そのイルミネーションも、さすがにこの時間は息を潜めている。有名ブランドショップが連なる洒落た通りも、イブならともかく、25日も過ぎた夜更けとなれば、人はほとんどいない。ふ、と視覚に刻まれるほどよく見知った店のロゴに目が止まった。店自体はとっくに照明が落ちていて暗いけれど、手前のショーウィンドーの中は、彩度を絞った橙色の温かそうなライトが商品を柔らかく照らし出していた。それこそ、昨日、俺が店に飛び込んだ時と同じように。けど、そこに散らばっていた緑や赤のリボンや包装紙、金や銀の星はもうどこにもなかった。

(クリスマスも終わっちまったんだな)

そのことに気付いた俺は、急に、右のポケットが重たくなった。突っ込んでいた指先に触れる硬い物。ショーウィンドーのガラスに映ってる自分がやけに情けなさそうな顔していて。余計、ため息が深くなる。他の事はともかくとして、どうも、仙蔵相手になると調子が狂うのは、とっくの昔に自覚済みだった。

「何、ぼんやりしてるんだ、文次郎」

もたもたしている俺を不審に思ったのか、数歩分だけ先に進んでいた仙蔵が振り向いた。「もう、正月なんだよな、と思って」と仙蔵が立っていた脇の別の店のショーウィンドーを示す。中にはクリスマスとは別の色調の赤と緑が並んでいた。獅子舞に羽子板の羽、小さな凧や門松までディスプレイしてある。

「クリスマスが終われば、すぐだな」
「早いな、一年」
「お前、どこぞの年寄りみたいだな」
「うるせぇ」

俺が噛みつくと仙蔵は艶やかに唇を緩め、それから、ずい、と手を俺の方に寄こした。手袋をはめてない指先は随分と白く、闇に溶けてしまいそうだった。手でも繋げ、という事なのだろうか、と俺はコートに突っ込んでいたコートから手首の辺りまでを出すと、仙蔵の眉間に刻まれたしわが深くなった。

「違う。ポケットの中身」

ポケットの中に残された指先に、ラッピングのリボンが引っ掛かった。驚きのあまり、体が静止する。

「……知ってたのか?」
「あれだけ、会った時からそわそわとコートに手を出し入れしてればな」

楽しげに口角を上げた仙蔵に恥ずかしさが込み上げてくる。はやくしろ、と言わんばかりに、仙蔵の掌がさらに近づいた。そっとポケットの中から小さな箱を取り出すと、今度は仙蔵が驚きに目を見張る番だった。「指輪なんて、これで私を縛る気か」なんて言われそうだ、と棘のある言葉を見越して、足元の靴を眺めながら待つ。けれど、しばらくしても、仙蔵の声が空気を揺らすことがなくて。変に思い「仙蔵?」と視線を上げるのと、胸元に衝撃が来るのが同時だった。

「仙蔵?」
「遅い、」
「すまん。……メリークリスマス」

俺の胸に顔を埋める仙蔵の「あほ、もう、過ぎたぞ。26日だ」って言葉は鼻声で、全然迫力がなかった。くすぐったくて、泣きたくて、愛しくて。俺は、仙蔵の髪に唇を落としながら、もう一度呟いた。

「そうだな。けど、メリークリスマス」



企画 top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -