※三ちゃんが、女体化してます。

「送ってく」

その言葉に、カッ、と熱が体を駆け上った。馬鹿みたいに火照る頬が吹きつける風に痛い。けど、この暗闇じゃ、顔が赤くなったのはばれないだろう。もしばれても、シャンパンのせい、なんて誤魔化しが利くだろうし。こっちの心配をよそに、虎若は「あー食った食った」と大きく伸びをした。道路に伸びる影が、二つ。それは重なりそうで、重ならない微妙な間隔。道路脇の街灯が、虎若の姿を闇に浮かび上がらせた。

「オヤジ発言」
「だってよぉ、あんなに料理出るなんて思ってもみなかったし」
「確かに、伊助の料理、おいしかった。嫁に欲しい」
「お前も女だろ」
「いいの。欲しいものは、欲しい。いーなー」
「お前、酔っ払ってないか? 明らかに呑みすぎだろ、あれは」
「うるさいなぁ」

背中をどつくと、いてて、とわざとよろめいてみせる虎若に、自然と笑い声が生まれる。今日は、クリスマス・イブ。いつもなら淋しい夜も、あちらこちらから漏れ聞こえてくる暖かな談笑に包まれて、優しく感じた。

「今年も、もう終わりだな」

虎若はもみの木みたいなモスグリーンのマフラーを巻き直しながら、嘆息交じりに呟いた。どことなく達観したような、それでいて疲れたサラリーマンみたいな猫背に「なんかジジ寒いよ、虎若」と気合を込めて、もう一度どつくと、彼は痛そうに顔を顰めた。

「ジジ寒って、お前……」
「だって、事実だしー」

彼を見遣ったついでに視界に入ったのは、ビーズを撒き散らしたかのような空。尖った空気に削られてできた、星屑たちが瞬いている。久しぶりに透き通った夜は、イルミネーションなんて、なくてもいいくらい、きらきらとしていた。

「けど、今年も来ると思わなかった」

クリスマスパーティ、そう続けると、彼は不思議そうな表情をした。ちっとも、分かってない顔に、泣きたいのか笑い飛ばしたいのか、分からなくなる。とりあえず、北風に運ばれてくる冬の匂いを吸い込んだら、奥まで入り込んだ冷たさに、キリキリと胸が軋んだ。

「ま、去年、何だかんだ言って楽しかったしな」
「……そうだね」
「今、ガキとか思っただろ?」
「思ってないって」
「なら、何だよ、その間は? 今の間は?」

マジ顔になって追求してくる虎若に「あはは、バレた?」とテンションを飛ばして、心の中で芽吹く本音を抑えつける。ガキなんて、思ってない。嬉しかったよ。虎若がクリスマスパーティに来てくれて。-----だって、今年は、カノジョさんと祝うのだと思ってたから。


「あ、コンビニに寄ってくから、ここでいい」
「コンビニ? 何か買うのか?」
「明日、部活あるからさ、栄養補給に」
「おやつか。そのうちバレるぞ、陸上女子」

小姑みたいに心配してくる虎若に、「うるさいなぁ」と手を振った瞬間、視界に入ったものに、「あっ!」と思わず大きな声を上げてしまっていた。びくり、と隣で虎若が体を浮かしたのが分かった。

「何だよ、急に大きな声だして。びっくりするだろ」
「いや、この手出すのヤダなっと思って」

あぁ、と彼は視線を向けた。まじまじと眺められた自分の手には、変な文字が溢れかえっていた。『ぴーたん』とか『寿』とか『サイクロン』とか。忘れないようにメモをしました、という言い訳が通じない意味不明な言葉の羅列に頭がいたくなり、ついつい、愚痴がこぼれる。

「あー、みんな最悪。何で、ゲームにあんなにマジになるかなぁ」

庄ちゃんの家で行われたクリスマスパーティーは、持ち寄ったご飯類をあらかた食べつくすと、適当に分かれてだべったり、テレビゲームをしたり、あとは王様ゲームとか大貧民とか、カードゲームなんかも久々にした。その中の『スローモー』というトランプゲームが特に、大盛り上がりで。まぁ、初めてやった自分は罰ゲームの標的になってしまったのだ。負けん気の強い自分は、引き際を間違えたのかもしれない。手はこれ以上書く場所がないってくらいに、訳の分からない言葉で覆われていた。

***


「スローモー? 何、それ?」
「三治郎、知らないの? 他、知らない人いる?」

庄ちゃんの言葉に参加していた伊助や虎若、兵ちゃんが首を振った。向こうのソファでは団蔵たちがゲームをしているのか、賑やかそうに笑い合っている。知らないのが自分だけと分かると伊助は「じゃ、一回やってみればいいんじゃない?」と手早くトランプ仕分けた。使うのは、1から4までのカード。残りを机の隅に置くと、薄い束を軽く切って、カードを一人に4枚ずつ配った。ちらり、と隣の虎若を(ちゃんと虎若の横をキープした)覗くと、スペードの1と4、後は、赤の2と3が一枚ずつ。顎に手を当てて、考え込んでいるようだった。「えっと、何か小さい物」と呟きながら伊助は何故か机に飴を3つ置いた。

「じゃぁ、三ちゃん、見ててね」
「うん」
「いっせーのせ、でいい? いくよ、いっせーのせ」

伊助の声を元にゲームがスタートしたみたいだ。リズムに合わせて、右隣にカードを一枚回し、左隣から回されたカードを受け取ってる。虎の手元を覗くと、赤の2が減って、1のクローバが来ていた。にまり、と緩んだ唇が分かりやすい。どうやら、同じ数を集めているようだった。

(あ、1のハート)

何回かカードが回り虎若の口元がさらに解けた瞬間、旋風が起こった。気がつけば、机の上から飴がなくなっていて。伸びかけた虎若の手は宙を掴んでいた。

「虎の負けー」
「げっ、マジかよ」
「ほら、虎。手、出せよ」
「あれ? 揃ったの、兵太夫?」
「そ」

嬉々とした様子で兵ちゃんは、どこにあったのか油性ペンを取り出して、きゅ、とキャップを、鳴らした。それから渋々出した虎若の手に「鯛」とでかでかと書いた。それを見た虎若の眉間には、本気で嫌がってます、って感じで皴がよった。

「同じ数のを全部集めるの?」
「うん。で、集まったら、机の飴を取る。それを見たら、皆、飴を取って…」
「取れなかった人が負けってこと?」
「うん。で、揃った人が負けた人の手に好きな言葉を書いてもいい、ってルール」

分かった? と伊助に尋ねられて「うーん。多分……」と生返事をすると、伊助は兵ちゃんに「じゃ、もう一個、飴取ってくれる? あ、あと5のカードもね」と命じた。慌てて、「え、伊助、ちょっと待って」と縋りつくも、「やりながら覚えなよ。簡単だって」とにっこり微笑まれて。


***

結果はこのとおり。終わるころには自分の手には、文字がひしめき合っていて、書くところが足りなくて、腕まで書かれてしまった。

(……簡単、って言われたはずなんだけどなぁ)

「はぁ」
「三治郎って素早いイメージあったんだけどな」
「だって、初めてやったんだし」
「俺って、一回しかやったことねぇって」

小バカにした口調に、ぐ、っと唇をかみ締めて。わざとらしく、虎若を睨んでみる。けれど、通じなかったみたいで、彼はやっぱり笑っていた。腹が立つくらい、すがすがしいほど口を開けて笑ってるもんだから、また背中を叩くか脛でも蹴ってやろうか、と迷ってると、

「そういえば、この『す』って書いたの三治郎だろ?」

どきり、と鼓動が跳ね上がった。いきなり、核心。急激に、唇がかさかさと乾いていくのが分かった。とりあえず不審を招かないように「う、うん」と何とか相槌を打てば、追い打ちを掛けるように「何、書こうとしたんだ?」と虎若が疑問を連ねる。

「え、えっと、あれだよ、あれ」
「あれって?」

普段なら、さらり、と笑顔で嘘を吐くこともできるのに、誤魔化しの言葉が出てこない。しどろもどろになって、虎若の顔が見れない。壊れた音楽プレーヤーみたいに「あれだって、あれ」と繰り返すことしかできない。きゅぅ、と胸が押しつぶされそうになる。

(……ヤバイ、このままじゃばれちゃう)

「すき、」
「え?」
「あ、ほら、すきやき」
「は?」
「だから、すきやきって書こうと思ったけど、勝てなかったから」

すきやきのすだよ、と早口で告げると「……ほんと三治郎ってアホだよなぁ」と呆れた虎若に「虎に言われたくない」と即答する。ムカついたのと安堵が半分半分。本当のことを言いたくて。でも、言えない。------------------ねぇ、虎若。ホントはね……。

***

「お、これ、うまそっ」

時間のせいか、人気のないコンビニは怠惰な空気が蔓延していた。自分たちが入っても力の抜けた「らっしゃいませー」しか聞こえない。まぁ、クリスマスにバイトだなんて、ご苦労なことだ、と思う反面、もうちょっとやる気を出せばいいのに、なんて勝手なことを考える。そんな事を思ってるのは自分だけなようで、虎は入った途端、彼は早速新商品に釘付けだった。全然動かないなぁ、なんて思っていたら、

「なぁ、三治郎。買ってよ」
「えぇー何で」
「俺、財布持ってねぇし。月曜、絶対返すから。この通り」
「ヤダ。そうやって、前のジュース代踏み倒したじゃん」
「頼むって。そういえば、今年、プレゼントくれなかったし」

だからさ、と差し出す彼の手をピシャリと叩く。

「あのねぇ。カノジョ持ちの人が、他の女の子にプレゼント、ねだるんじゃないの」

自分で口にしたはずなのに、どうしようもなく哀しくなった。頭で分かっていたはずなのに、もう傷口は塞いだはずなのに。ぐじゅぐじゅと膿んだ痛みが包み込む。ぼんやりと自分と彼を隔てるそれに、感覚が麻痺しそうだった。ちゃんと笑えてるだろうか。いつもみたいに、ちゃんと。


「好きだ」
「……ごめん」


告白を断ったのは、自分。だから、後悔する資格なんてないのに。虎若に彼女ができた時に気付いた。好きなんだ、って。けど、その時には、もう遅くて。----------あの時、虎若の告白を受けてたら、今、彼の隣で笑っていられたのだろうか? 心からの笑顔で。

***

「あ、肉まん?」

コンビニから出た途端、虎若は肉まんにかぶりつく所だった。ほこほこ、柔らかに昇る湯気の白が闇に透ける。とろけだす、美味しそうな匂いに、お腹が反応する。さっきまで、あんなに飲んだり食ったりしてたのになぁ、と体の正直さに笑えてくる。

「新発売って。クリームシチュー味」
「あ、自分もそれ狙ってた。いいなぁ、買えばよかった」

いいなぁ、とワザとらしく連呼してみるけど。つん、と無視されて。何か、冷たい。クリスマスプレゼントあげなかったからって、そんな根に持つことないじゃんね。というか、やっぱり、財布持ってんじゃん。そんな事を思いつつ、大きな口をもごもごさせている虎若を見遣ってると

「なぁ、三治郎。そこの公園で食ってかねぇ? 半分、やる」
「いいよ、別に」
「何で? あげるって」
「どーせ、あんまり、おいしくなかったんでしょ?」
「バレてた?」

きらきら、笑う。冬のイルミネーションみたいに。サンタクロースが駆ける夜空の星みたいに。胸が、鳴る。期待しちゃダメだってわかってるのに。彼のちょっとした言葉に、態度に、優しさに、泣きたくなる。わかってる。時間は戻らないし、今、この想いを告げたって、虎若が困るだけだって。絶対、辛い思いをするって。だって、結局、手にだって、『す』しか書けなかった。願いは叶わない。クリスマスだってのに、奇跡は起こらない。分かってる。 ------------------なのに、どうして、こんなにも好きなのだろう。

「三治郎?」
「……何でもない。それより、これ」

黙り込んだこちらを気遣うような面持ちの彼に、慌ててぽんとコンビニ袋を投げる。それは綺麗な円弧を描いて、虎若の腕へと収まった。怪訝そうな彼の表情が、中を覗いた途端、笑顔へと変わる。

「Merry Christmas!!」

がさごそと袋を漁って出てきたのは、さっき、虎若がコンビニでずっと見ていたお菓子。

「マジで? うわっ、すっげぇ、嬉しい」
「お返し、期待してるから」
「クリスマスにお返しがあるか」
「だって虎若だってくれなかったじゃん」

頭を掻きながら「あーバレてた?」と笑う虎若が眩しい。きらきら、してる。冬のイルミネーションにも適わない。サンタクロースが駆ける夜空の星にも適わない。眩暈。----------すき。どうしようもなく愛しくて、零れ落ちそうになる感情を必死に自分の体の中に繋ぎとめる。泣きたい。駆けだしたい。これ以上、一緒に居られない。そう思ったら「もう、ここでいいって」って自然と口を吐いて出ていた。

「や、駄目だって」
「いいの、いーの。もうそこだし」
「駄目。夜道は危ないって。一応、三治郎も女の子なんだから」

いいって、と彼の手を振り払った瞬間、足下が、ガクンと崩れた。驚く間もなく、視線の高さが、一気に落ちて、氷のように冷たく硬い地面に擦れた。ブーツのヒールが側溝に引っ掛かって、こけてしまった。脈打つ痛みは尋常じゃなくて「いったぁ」と顰めていると、影が一歩近づくのがわかった。

「大丈夫か?」
「うん、大丈夫……

気付いた瞬間、彼の指先が、自分の頬に触れていて。

……っつ」

思わず、払いのけていた。差し出されていた、虎若の手を。衝動的な行動に彼も困惑している様子で「三治郎?」と怪訝そうな虎若に、平然を装って答える。「大丈夫」と。けど、全然、大丈夫じゃない。頬が、熱い。心臓が、壊れそう。想いが、溢れ出しそう。-------大丈夫じゃ、ない。

「……ほら」

虎若が、黙り込んでいる自分に、もう一度手を差し出した。え、と顔を上げると、そこにはいつもの、お節介な虎若がいて。「足、捻挫したんだろ? 負ぶってく」と躊躇している自分を彼は力ずくで、背負った。落とさないよう、腕に込められた力。温かくて、大きな背中。

(虎若が、好き)

胸の中を彷徨っている行き場のない想いに、彼の背中に一瞬だけ顔を埋めた。それから顔を上げると、黙ったまま口元から生まれる白を、ただ眺めた。息する度に生まれる二つの靄は、その形を変えては消えていく。そして、思い出したように、時々、その二つは混じった。自分たちも、そうなれればいいのに。交わって重なって離れなければいいのに。けれど、それはもう、叶わない。こっちが切り離した。怖かった。関係が変わってしまうのが。けど、もう、とっくの昔に関係は変わってた。気付かないふりをしていただけだった。

「虎、」
「何?」
「やっぱり、下ろして。一人で、歩ける」
「すっげぇ痛がってたのに、無理だって」

その背中の温かさに、虎若の優しさに泣きそうだった。詰まる胸で何とか「けど、悪い」と言葉を紡ぐ。

「カノジョさんに、悪い」
「三治郎、」

しん、と静まり返った道路。そこに、はっきりとした彼の言葉が零れた。震える喉を誤魔化して「何?」と問い返す。沈黙が耳に痛い。息を継ぐ音だけが静寂に落ちる。パーカーの縁を握りしめて彼の言葉を待った。

「やっぱ、お前じゃないと、無理」

瞼裏が熱くなったかと思うと、世界が膨れ上がって。滲むの目の前の背中に顔を埋めた。涙が、出そうだった。「お前じゃなきゃ、駄目なんだ」と話す虎若の声は夢を見てるみたいに遠い。反則だよ。そんなの、ずるい。そんなこと虎若に言われたら、言われたら、

「好き」

「好き」

「好き」

それしか言葉を知らない子みたいだった。関係が崩れる、とか、カノジョさんはどうしたんだろう、とか。いろんな想いが自分の中で渦巻いているのに、出てくるのはその言葉だけで。

「虎若が、好き」

その言葉だけが、ぽつぽつ、涙と共に彼の背中に吸い込まれて行く。ずっと、言いたかった。ずっと、伝えたかった。虎若は、ただ、の背中を、ぽんぽん、と撫でていた。まるで、むずがっている赤ちゃんをあやすように。大きく、温かく、そして優しい手で。そして一言、「一番のクリスマスプレゼントだな」 そう、言った。



微笑みと眩暈


title by カカリア

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