ずっと、なんて信じてないけど。
それでも、ずっと一緒にいたかった。
ずっとハチと一緒だと、そう信じていた。


L o v e s i c k n e s s
〜恋をすると、死んでしまう〜


「悪ぃな、兵助。せっかくのクリスマスだってのに」
「いいよ。久しぶりの親子水いらずだろ。ゆっくりしてこいよ」

赤と緑、クリスマスカラーに彩られた街。駅のアナウンスが、ひっきりなしに電車の往来を告げていた。いったい、どこからこんなにも人が集まったというのだろう。改札から膨れ上がるように出てきたきたカップルや家族連れが浮かれた足取りで俺たちの横をすり抜けていく。吹きさらされたコンコースは北風が唸りを上げて通り抜け、凍みるような冷たさが手の先端に宿る。あいにく、手袋を持ってくるのを忘れてしまった。すぐに何かと心配するハチに気づかれないよう、そっと、指先を擦り合わせた。

「あぁ。……なぁ、兵助」
「ん?」
「来年は一緒に俺の実家に行かないか?」
「え?」
「俺ら、来年18になるだろ。俺の一番大切な人だって、おふくろに紹介したいんだけどさ、」

思いもよらない言葉に驚き、顔を上げるとハチの優しい眼差しとぶつかった。少し照れたように、指で頬をかいて。その様子に、自然と笑みがこぼれた。こんなにも寒いはずなのに、心の中は、ふわりふわりと温かな気持ちが灯っていた。けど、こみ上げる思いに言葉が詰まって何も言えない。うまく言葉を紡ぐことができずに黙ったままいると、気弱そうな色がハチに浮かんだ。

「嫌か?」
「いや……すごく、嬉しい」

それ以上言葉にならなくて、その大きな背中に手を回すと、ぎゅっと、ハチの体温を抱きしめられた。彼の腕の内にすっぽりと包まれる。心地よい、空間。押しつけた頬からしみ込んでくる、ハチの温もり。掌の雪のように、ハチに溶けてしまえばいいのに。

(ずっと、このままいられたら-------------)



けど、願いもむなしく、反響して何を言っているのか分からないざわめきに混じって、ハチが乗る電車の案内が遠くで聞こえた。「もう、行かないとな」と告げられた耳元の声が痛い。もう少しだけ、と思いながらも、背中の手をゆっくりと引きはがす。俺の背中にあった重みもなくなった。離れた、温もり。寒い。

「じゃぁ、な」
「うん」

少し歩いた所で、背を向けたハチが立ち止まった。そのまま、くるりと踵を返す。カラリとしたいつもの笑顔でハチが腕を大きく振っていた。俺もつられて、胸の前で手を振り返す。それを見てハチはにっかし笑うと、再び改札の方へと足を動かし出した。雑踏に紛れていく、大きな背中。人塵に埋もれていくコートが遠ざかって、見えなくなりそうになる。ふっと、なんだろう、一抹の不安が過ぎった。

「ハチっ」

気がつけば、叫んで、駆け寄って、ハチのコートをがちりと捕まえていた。心臓が、なんか痛い。潮騒のように、じわりじわりと何かがざわめく。言いようのない感覚に、ただただ、ぎゅ、っと縋りつくことしかできない。「兵助?」と名を呼ばれ、顔を上げると、ハチは困ったような小さな笑みを浮かべていた。嵐の中に放り込まれたみたいに心が騒いでいるのに、それを上手く言葉にすることができない。「ごめん。何でもない」と彼のコートに零すと、「淋しい?」小さな子どもをあやすように、ぽんぽん、と頭を撫でられた。その動作に、カッと顔が熱くなるのが分かって。

「なっ、淋しくなんか……」
「淋しいんだろ?」

ぎゅぅ、っと抱きしめられた。ハチの温もりが溶け込んでくる。どっちが自分のかわからないくらい、重なって混じり合う。意地なんか張ったって、ハチはお見通しだ。そう思ったら、ふ、と肩の力が抜けた。そのままハチに身を任せる。指先に刻まれた背中の形。押しつけた胸から聞こえる鼓動。息を吸い込むと、冬の乾いた空気に混じったハチの匂い。ゆっくりと瞼を下ろす。

「……あぁ」
「メールする」
「ん」
「電話もする」
「ん」
「淋しかったら、俺の名、呼んで。すぐ、飛んでくからさ」
「何か、スーパーマンみたいだな」

頭上から落ちてくる言葉に、思わず、くすくす、と笑いを漏らしていた。顔を上げると、俺を見る彼の目元が緩んでいた。大好きな、ハチの笑顔。その姿を焼き付ける。俺を見つめていたハチは、安堵したように息を一つはくと、「じゃぁ、行ってくる」と俺の頭をくしゃりと撫でた。

「ん。いってらっしゃい」

ハチの言葉に、「じゃぁな」でも「またな」でもなく見送りの言葉をかけた。今度こそ本当に温もりが離れた。改札の向こう、人混みに吸い込まれていく背中。体にはハチの温かさが、ちゃんと、宿ってる。



(…なのに、どうしてだろう。もう二度とハチに逢えない気がした)




 



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