合わない帳簿にいらいらと歯噛みしながら算盤を弾く。一珠一珠に重さを感じる。普段なら「鍛錬が足りん」と自己研磋する材料にしかならないのだが、焦りゆえか、思う様に動かないそれに苛立ちが募る。提出期限は昨日だった。顧問の嫌味など聞き流せばよい。それは別段、気になどならん。問題は、矜持だった。間に合わなかったという。

「くそったれ」

思わず出てしまった言葉に対して「だれがくそだと?」と不意に声が割り込んだ。部屋の障子扉が勢い良く開けられ、振り返ると、同室の主がそこに立っていた。縁が艶やかに染められた奴の目は完全に座っていて、間の悪い時に出会ってしまった、と心の中で呻く。まき散らされた酒臭さのきつさに、すでに仙蔵が尋常な量を呑んでいることが分かり、げんなりする。どこからくすねてきたのか聞きたくもないが、手には大きな酒瓶につながった麻紐を握りしめていた。

「別にお前のことじゃねぇよ」
「当たり前だ。…おい」

嫌な予感がひしひしとしたが、黙っていても仙蔵は事を進めるだろうと、仕方なくため息と共に「何だ」と吐き出す。それを知ってか知らずか、嬉しそうに口角を上げた。酒瓶とは反対の手に隠し持っていたらしく、猪口を軽く掲げる。

「呑むぞ、つきあえ」
「は? お前、もう酔っぱらってるだろうが。まだ呑む気か?」
「ふん。うるさい。せっかく私が誘ってやってるのに、無粋なやつだな」
「そういう問題じゃねぇだろうが。つーか、何でこんな普通の日に呑んでるんだよ」

実習の打ち上げでもなければ、仲間うちで祝があったわけでもねぇ。明日は普通に授業(しかも実戦型の)があるというのに。弱いと一応の自覚があるのか、酔いが回るほど仙蔵が呑むのは次の日に何も予定がない時だけだった。

(なのに、こんなに呑むなんて、何かあったのか?)

「今日って、なんか祝事でもあったか?」
「あほ。本当にお前は風流を解せぬやつだな」
「なんで風流とか出てくるんだよ」
「お前、今日が何の日か本当に分からないのか?」

呆れたような眼差しが、つい、と屋外に流された。いつもよりも柔らかく明るい蒼い闇は、一つ下の学年の服を思わせる。奴の足元には長い影。やけにくっきりとしている。そういや、今日は、妙に明るい。燭台の灯りを絞っても手元が十分に見える。月光が吸い込まれてほの白く光る障子。はた、と気がついた。

(あぁ)

俺が気づいた事を見取ったようで、仙蔵が持っていた猪口を投げて遣わした。

「ほれ、つべこべ言わずに、月見酒をするぞ」

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