おもい とは かく いし の ように 弐
彼と綾子は幼い頃から美しさの片鱗を見せていた。二人が揃っている所を見ては、周りの大人が、お雛様とお内裏様のようだと褒めそやした。子供の自分から見ても、二人はお似合いだった。
それがどういう訳か、自分は彼らと一緒にいる記憶しかない。
二人に遅れがちになると、決まって二本の手が伸びる。「おいで、宮」と綾子が微笑み、「来いよ、翠」と彼が呼ぶ。
やがて、間宮と綾子の家との縁談が決まった。
定石通り、代々、義母から受け継がれるという婚約指輪を綾子に手渡した。ビロードの小箱を手にすると、彼女は、嬉しいと言った。咲きかけだった蕾が大輪の花を咲かせる様は、自分の心を初めて打った。
同じ頃、彼の表情に陰りが見え始める。彼女の指にはまる石を見ては、陰りは一層濃くなるようだった。
彼の様子に、そうだったのかと思い至った。
それから彼は彼女を「綾子さん」と呼び始める。同じ理由で彼女はもう自分を「宮」とは呼ばない。
葉桜の頃、綾子がこの部屋を訪れた。
花の時期が過ぎても、緑が繁っているのが目に眩しい。窓枠の中は相変わらず、この陰鬱な部屋とは切り取られた世界だった。
「ふふ、毛虫がいるわ」
世間一般の婦女子とはずれた感想を、彼女は漏らした。この部屋の窓を一番に気に入ったのも、彼女らしいと思えた。
今日ばかりは部屋の中が華やいで見える。
「来月に式を挙げるの」
「良かったじゃないか」
「……だました訳じゃないのよ」
「本当に酷いね。お陰で家賃まで手が回らない」
「私たち、貴方が大事なの」
「御祝儀はちゃんと送らせてもらうよ」
「貴方が誰かのものになるのがお互い許せないから、だからこれは契約なのよ」
「――元々、君は彼のことが好きだったんだよ」
「違うわ」
「そんなに自分を追い詰めなくてもいいんだ。素直に彼の所へ行けばいい。誰も責めない」
「どうして、……宮はいつもそう言うの」
「悪かったよ。抜けてるのは昔からなんだ。綾子の気持ちにも気づけない」
本当よと言って彼女は黙った。
それから、彼女がいつ帰ったのか知らない。
手に収まる石の重さに、思考は現実に戻った。
窓の外は雨ばかりだ。
好きだった花も瑞々しい青葉もなく、黒々とした幹や空を覆う枝葉が目につく。
この部屋を引き払おう。
思った時には、もう窓際から立ち上がっていた。
了
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