第2話:ヒロインと書記と会計


「ようこそ、上野萌ちゃん。生徒会室にいらっしゃい」
 そう言った少女は艶のある肩程までの茶色い髪を揺らし、透き通ったピンク色の両目に萌をうつしていた。荒れなど知らない唇は緩やかな弧を描き、両目を彩る睫毛は長くてばさりと音がしそうだ。書類が積まれた机に隠れる足はスラリと長いのだろうと想像させるように腕は細く長い。座っていても分かる美しい体つきと、誰もを魅きつける顔に萌は見惚れていた。
「初めまして萌ちゃん。私が生徒会長の野村刀リカよ。三年生なの。」
「……は、はいっ」
 そう、彼女こそがあの生徒会長野村刀リカなのだ。

「本題に入る前にまず彼らを紹介するわ。生徒会役員だから知ってるでしょうけど。じゃあ黒髪の……」
「リカ、それぐらい自分でやれる」
 黒髪の美少年がそうリカの台詞を遮った。黒髪の美少年は美少年というよりもイケメンと称した方がいいだろう。かっこいいという言葉似合う涼し気な目元、日焼けをしてない肌、薄くて色が薄い唇。癖のない黒より暗いのではないかと思える色合いの髪がどこか日本人形を思い浮かべるが、髪色と正反対の赤い目がイメージを打ち砕くように在った。そんな少年が口を再び開く。

「俺は野木茂(のぎ しげる)。三年で書記をしている。突然呼び出してすまなかった。」
「あ、いえ……」

 茂はそう言うと一礼した。萌は思わずぺこりと頭を下げた。
 野木茂、彼は全科目成績首位のリカに次いで家庭科以外で二位の成績を収める秀才である。ちなみにリカが理事長を務めるクークラでリカの補佐をしているらしい。
 萌が何を言えばいいのか分からずに視線を彷徨わせ、金髪の美少年を見た。彼はまるで少女のような美少年だ。きらめく金髪は癖があり、ふわふわとしている。両目は澄み切った水色で、唇は桃色に染まっているが、意外にも厚くない。睫毛はリカと同じく長くて多い。瞬きする度にばさりと音がしそうだ。肌は陶器のように白く、日本人形を思い浮かべる茂とは反対に、西洋人形を容易に思い浮かべられる。身長は背の低い萌より少し大きい程度だ。そんな少女のような美少年が口を開いた。
「萌ちゃん初めまして!僕は氷牙怜(ひょうが さとし)だよ。三年生で、会計をしてて、得意なのは料理だよ。お祝いしなくちゃね!腕がなるなあ」
「は、はあ……」
 氷牙怜、彼はリカに次いで家庭科で学年二位を維持する少年だ。その料理の腕前はクークラで料理や菓子の部門のトップに君臨する腕前であり、幾多ものコンテストで優勝している。
「ん? お祝いって」
 萌が気がつき、呟いた。それを聞いたリカが笑みを濃くして言う。
「うん、そうよ」
「でもお祝いって、何か祝うような事が……?」
「萌ちゃん」
「はい?」
「萌ちゃんは今日から生徒会副会長になってもらうわ」
「へ、副会長?!」
 萌は叫ぶ。副会長は確かに今の生徒会には無い。それはリカが優秀で副会長が必要ないほど働くから必要ないと判断した為だ。
「あら、やりたくない?」
「い、いえ、そんなことは……!」
「リカ、上野萌はきっと仕事について知りたいんだろ」
 茂が混乱する萌に代わって言った。それにリカは特に無いわと言った。聞いた萌はじゃあと口を開く。
「副会長いらないですよね!」
「ううん。萌ちゃんには副会長になってもらうわ。茂、頼んだ書類は」
「出来ている。」
「ありがと、じゃあここに名前書いてね」
「いやいやいや!」
 萌は頭をブンブンと横に何度も振る。揺れるプラチナブロンドの髪を楽し気に眺めるリカに、茂はため息を吐いた。そんなことを知らない萌は頭を止めてリカに言う。
「わたしが副会長とか、恐れ多いです!」
「私が承認してるからいいでしょう?」
 それで万事解決と言わんばかりの態度のリカに、萌は叫ぶように言う。
「そうじゃなくて! わたしが生徒会なんて入ったら浮くし! 全生徒から非難されるよ!」
「敬語外れるほどのことか」
「相当焦ってるんだねー」
「えっ、あ、ごめんなさい!」
「あ、私になら敬語なら無くて大丈夫よ」
「そ、そっか、なら敬語に慣れないからやめる。じゃなくて!」
 萌は頭を抱えて座り込む。頭の弱い萌には突破口が見当たらなかった。そんな萌を茂は哀れみの眼差しで眺める。
「じゃあ萌ちゃんサインしてね? あ、嫌なら私がサインするけど」
「え、拒否権は…」
「萌ちゃんの文字の癖は知ってるからバレないと思うけど」
「何で知ってるの?!」
「秘密」
「あははー」
「リカは一度でも見れば誰の字でも書けるからな」
「なにそれこわいです」
 萌がそう言うとカリカリとペンの動く音がした。萌はまさかと思い、バッと立ち上がり、リカを見た。いや、リカの手元を見た。そこには万年筆を持つ綺麗な手、書類、そこには上野萌とよく知る字体で書かれていた。
「うんOK。書けたよ萌ちゃん。生徒会副会長就任おめでとう」
「本当に拒否権が無かった!」
「じゃあ皆でお祝いのパーティでもしようよー萌ちゃんは何が好きかな?」
「特に好き嫌いは無いです。じゃなくて! ほ、本当にわたし、」
「うん。副会長ね。」
 にこやかなリカに何か言おうとする萌に、茂が口を開いた。
「諦めろ上野萌。リカがこの決定を撤回するわけがない。」
「うそだあ……」
 笑顔のリカ、楽しそうにパーティのメニューを考える怜、萌を哀れむ茂、嘆く萌、生徒会室はカオスだった。
「夢なら覚めて……」
「頬を引っ張ってみる?」
「いや、もう、いいや……」

 上野萌、めでたく生徒会副会長就任であった。

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