第6話:兄は天才である


 暗い部屋で少女が1人でキーボードを打つ音が響く。その暗いコンピュータ室の扉を、音を立てて少年が開き、電気をつけた。
「暗いぞ」
「あーそうだね」
「敬語」
「スミマセンデシタ在先輩」
 ふざける白髪に紫目の少女のユキに、扉を開いた少年である在は溜息を吐いてから仕方なさそうに笑った。そんな在を気にすることなく、画面から視線を逸らさずにユキは喋る。
「赤蜘蛛できたよ」
「いくつだ」
「三つ」
「あと五つぐらい作れば問題ないだろうな」
 赤蜘蛛は使い捨ての囮だもんね、とユキは少しだけ不満気な声色で言う。
「そっちはどうなの?」
「黒蜘蛛は出来上がった」
「早いなあ。」
 ユキが画面から視線を外して両目に手を被せる。
 赤蜘蛛はコンピュータウイルスで、黒蜘蛛はスパイウェアだ。そのうち黒蜘蛛は最高傑作とも言われるほどの実力を持っている。その黒蜘蛛の完成度があっては赤蜘蛛がいくら出来が良いと言われど、存在が霞んでしまう。それほどに黒蜘蛛は素晴らしく有能なスパイウェアである。そして、黒蜘蛛を作ることが出来るのは15歳の在だけだった。在はプログラムの天才なのだ。
「どうして馬鹿な在だったんだろう」
「オイ、どういうことだ」
「だって正直勉強はプログラム関連以外は全然出来ないし、それに」
 ユキは不満をつらつらと並べる。それに対して在は得意不得意は誰でもあるだろ、の一言で片付けた。
「そうだけどさ。あーあ、アタシはリカさんに手解きしてもらったのにな。」
 ユキは心底不満そうで、在はそんな言葉に軽く目を伏せて言う。
「……オレもリカさんに教えてもらったこともある」
 その言葉の虚無の響きにユキは驚いて振り向く。在は伏せていた目を閉じて静かに立っていた。それを見たユキは真っ先に黙祷を思い出した。いや、その場にもし他の人がいても黙祷を思い出すだろう。

「在?」
「あ、しまった!ユキ、今何分?!」
 ユキは卓上の光るデジタル時計を見て56分と答える。在は顔を真っ青にした。
「30分にミキさんに呼ばれてた……!」
「……アタシ知らないからね」
「やべえ殺される! コレ黒蜘蛛のデータ! じゃあな!」
「死ぬ気で走りなよー」
 分かってる、と言いながら在は走ってコンピュータ室から居なくなる。ユキはやっぱり馬鹿だなと思いながら先ほどの黙祷を思い出す。あれは何だったのか。

___ リカさんに教えてもらったこともある

(……ああ)
 ユキは前に在に質問したことを思い出す。

___ 在はプログラムを誰に教えてもらったの
___ 先代だよ
___ 先代?
___ 先代社長のこと

「先代社長か」
 クークラの現社長兼理事長はリカである。その前の先代のことをユキはほとんど知らなかった。ユキは比較的長く自分を飼っていた人物に売られ、その輸送の隙に逃げて路頭を彷徨っていたのをリカに拾われた存在だ。その拾われた時期はたった2年前の中学生になる前の年頃のことで、その頃には既にリカが社長をしていた。
 先代のことをクークラの人々は語らない。だからユキは余計に先代のことを知らなかったただ、先代がクークラを立ち上げたということと、クークラは元々研究機関であり今のように様々な分野で商売をするような会社ではなかったことは知っていた。
(どんな人なんだろう)
 黙祷をしていたのなら、亡くなっているのだろうか。そんなことを考えながら、再び画面に視線を戻すのだった。

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