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▼ 07

 パタパタ、男が店の本棚を掃除していた。古本屋の店主であるその男は、居候させている子どもと共に掃除に明け暮れていた。広い店内ではないが、やけにホコリが溜まると嘆く男は案外綺麗好きらしい。丁寧にはたきを動かしている男に、もしと誰かが声をかけた。気がついた男が振り返ると、そこには長身の男と、まだ成熟していない娘子が一人。店主の男は少し眉を上げて、長身の男へと向いた。
「守殿か。久しぶりだな。」
「ああ。」
「本を探しているのか、名前か特徴を教えてくれれば直ぐ出すが。」
「……本を探しているのは俺じゃない。」
 その言葉に店主の男はハアとため息を吐いて、何かを理解したらしかった。その様子を見て、娘は一歩前に出た。
「お初にお目にかかります。なんて。初めまして、私はリンゴといいます。」
「そりゃ丁寧にどうも。俺は、有とでも呼んでくれ。しかしなあ、お前……。」
 不躾に店主は娘を見た。娘の姿は濃い赤色の袴に桜色の着物、なかなかに華やかな姿に引けを取らない金色の髪には菊の花。橙色の目は神秘的な匂いを店主に印象付けた。
「また業が深いというか何というか、面倒な娘だ。おい、守殿、これどうした。」
「……。」
「はァそうか。ったく面倒な。おい娘、本ならアレが覚えているからあっちに行けばいい。」
 娘はその言い方に気分を悪くする事なく、アレとはと首を傾げた。店主は子どもだと教えて指を指し続ける。娘はその指の先を辿るように店内を歩き始めた。

 娘が離れると店主は渋い顔をして腕を組み、ため息を吐いた。その様子に長身の男は何を言う事もなく本の背表紙を見始めていた。
 店主が歩き出し、それに長身の男も続く。店主はやがて番台につくとそこに座り、茶を一杯出した。長身の男に必要かと聞くが、長身の男は首を横に振った。
 茶を啜り、店主はまたため息を吐く。
「またあれは面倒な。何であの娘のそばにいる? 」
「……。」
 店主は黙る長身の男を気にすることなく、肘をついて茶を飲んだ。
「死後の契約か? だとしたらありゃ駄目だ。無駄な契約だぞ。」
 その言葉に長身の男は首を横に振った。
「契約などしていない。唯、アレが死んだら俺が喰う。」
「おい旦那、そりゃ無理だろう。」
 店主の言葉に、長身の男はするすると語った。曰く、あれは変わることが無い、と。
「十年はあの姿のままだ。これから先も変わらないな。」
「え、其方か。俺は唯、アレはどう考えても……言うまでも無いか。」
 店主は茶を煽り、全て飲むと湯呑みを置いた。
「アレは神に最も近い場所に居る。どうしたって人間なのに、どうしたって神だ。アレの天性は恐ろしい。そうだろう? 人も、妖も、アレには"憎悪を抱けない"。」
 ゾッとした様子で腕を摩る店主に、長身の男は煙を吐くかのように告げる。
「だからこそ、アレは天性の呪術師だ。おそらく、今代最高の。」
「……アレは呪術師をやってるのか。それはまた、意外だが、確かに合っている。」
「アレは一切の憎悪を"無いモノ"にする。」
「浄化や、無効化とは違う、か。事実も感情も歴史も全てを無い物にする。」
 はあ、と店主は二杯目のお茶を湯呑みに注ぎながら言う。
「恐らく、アレは無の一例だろう。どう思う? 」
「……。」
「そうか。じゃあ多分ありゃ、そうなんだろうな。無と昔と、じゃああれの本当の名は、儘(ママ)とでも言うか。」
「……よく当てたな。」
「旦那は知ってんのか。」
「最初、アレは名を隠していなかった。」
「成る程なァ。」
 店主は頭を掻き、しまったなあと言う。
「俺が当てた事を内密に頼む。無にバレたら面倒だ。」
「契りを結んでいるのだろう。」
「兄弟の、な。」
 店主は遠い目をして、言う。
「娘は儘。変わらぬ儘か。ならば失敗だな。」
「昔、とは……。」
「ああ、ウチに居候させてる子どもだ。人間だが、もうひん曲がってる。」
「それは分からん。」
「ハア、でもウチに居て成功になるとは思わん。確かに、此処なら"あの龍の血"とは出会わんがなァ。」
「詳しい事に足を踏み入れるつもりはない。」
「そうかい。」
 そこでぱたぱたと歩く音がして、小さな少女と先ほどの娘が番台へとやって来た。娘が本を台に置き、店主が言った値段分の金を置いた。
「あの、また来てもいいですか? 」
「あ? そりゃ、まあ、構わんが。」
「ありがとうございます! 昔ちゃんとまた会おうって約束して……ね、昔ちゃん。」
 娘が笑顔で少女を見ると、少女は僅かに頬を染めて頷いた。それに店主は驚き、長身の男は僅かに微笑んだ。

 長身の男と華やかな娘が店を出る。見送る少女は僅かに悲しそうで、店主は困ったなあと額に手を当てたのだった。




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