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▼ 06

 春の朝、少女は金色の髪を揺らして起き上がった。そして寝間着の浴衣を脱ぎ、枕元に置いてあった着物一式へと手をのばす。するすると着慣れた様子で袴姿になった少女は、机の花瓶にあった一輪の菊の花を手に取り、姿見で姿を確認しながら耳元へと花を飾った。そうしてにこりと笑むと、部屋の外へと出た。

 少女が廊下をパタパタと歩いてキッチンへと向かっていると、リビングには背の高い男がいた。銀色の髪と紫色の目をした長身の男に、少女は守さんと話しかけた。
「今日の朝ご飯を作ろうと思うのですけれど、何がいいですか? 」
「……俺は何でもいい。」
「そうですか。それなら卵焼きと味噌汁と、あとは炊きたてのご飯でどうでしょう? 」
「リンゴが良いならそれでいい。」
「ふふ、分かりました! 」
 そう言った少女はキッチンに向かおうとするが、ふと気がついた様子で振り返り、男に明るく言った。
「おはようございます! 」
「……お早う。」
 その返事に満足したらしい少女は上機嫌で台所へと向かった。

 食事がリビングのテーブルに並ぶと、二人は席に着いて揃って手を合わせて挨拶をしてから食事を始めた。卵焼きと味噌汁と白いご飯、そこに少しの漬け物が並んでいた。それを少女は漬物屋のおばさんから頂いたのだと嬉しそうに語った。
「何かお返ししなくちゃ。守さんは何がいいと思いますか? 」
「……。」
「浮かびませんか。それなら御守りを一つお渡ししようかな。」
「……リンゴの作ったものなら喜ぶだろう。」
「ふふ、ありがとうございます。それなら午前中に作ってしまわなくちゃ。」
 午後にはお客様が来るからと少女は言うと、漬け物を口に含んで咀嚼した。
「うん、良い味。」
 今日は良い日だわ、と。

 洗濯機から取り出した洗濯物を籠に入れて外に出た少女は物干し竿の前で籠を下ろした。よいしょよいしょと洗濯物を干していると銀髪の男がやって来て、背の高い物干し竿に洗濯物を干し始めた。少女が嬉しそうに礼を言うと、男が無言で少女の向こうを見た。少女が不思議そうにそちらを見ると小さくてわらわらとした黒い何かがいた。
 少女はそれを怖がる事なく、柔らかな笑顔になると、しゃがんでそれと目を合わせるようにしてからどうしたのと話しかけた。黒い何かがぶわりと大きくなったり小さくなったりと蠢いている間、少女は何度も頷いてまるで何か会話をするように相槌を打った。そしてやがて動きが落ち着いた黒い何かに、少女はにこにこと笑いかけながら告げた。
「ありがとう。お手伝いなら、そうね、お洗濯じゃなくて、御守り作りを手伝ってもらえないかな? あなたが居ればきっと素敵な御守りが出来ると思うの。」
 ね、約束しましょう。そう言って少女は小指を差し出し、黒い何かはその身体らしき黒いものを伸ばして少女の白い小指に絡めた。少女が明るい声で指切りの歌を歌うと、黒い何かはふるふると震え、歌が終わるとしゅるりと地面に浸みて消えた。
 少女が立ち上がると、元々少なかった洗濯物は長身の男の手で全て干し終わっており、それを見て少女が慌てて男に礼を言うと、男はどうという事はないからと首を横に振った。

 少女は籠を持って家に入り、リビングの窓際にある机に向かった。椅子に座り、机に向かうとその上にあった小箱の中身を確認した。そして笑顔で頷くと、ふわりと空気を吐きながら口を動かした。すると窓の外に黒い何かがべたりと張り付き、蠢いた。少女がくすくすと笑いながら窓を一回撫でると黒い何かは窓ガラスから離れ、少女の白い手で窓は開かれた。
「ふふ、ごめんなさい、まさかお外に来てくれるとは思わなかったの。」
 その黒い何かは先ほどのモノだった。少女が窓の外に両手を出すと黒い何かが小さくなって、少女の手のひらに乗った。そして少女が手を引いて黒い何かを家に入れると、いつの間にかやって来ていた長身の男が窓を閉めた。
「守さん、ありがとうございます。」
「……ああ。」
 少女は男の反応に微笑み、机に向き直った。そして小箱の隣に黒い何かを置くと小箱の蓋を閉じてその黒い何かに乗るように頼んだ。それが小箱に乗ると、少女はその白く華奢な指で小箱の周囲をくるりと撫でた。そして何かをぼそぼそと唱えると黒い何かがぶわりと震え、一瞬にしてそれが白へと変わった。
 かつて黒かったそれを少女は丁寧な手つきで小箱の上から下ろし、小箱の中にあった絹の小さな袋を開いてみせた。白くなった何かはそこにいそいそと入るとふるっと震え、少女は微笑みを浮かべて口を紐で縛った。そうしてできた絹の小袋を、一回り大きな赤い小袋に入れるとまたそれの口を閉じた。そうしてできた御守りを少女は嬉しそうに振り返って、長身の男に見せた。
「どうですか、素敵でしょう? これから漬物屋のおばさんの所に行くのですが、守さんはどうしますか? 」
「……行こう。」
「ふふ、お散歩ですね。」
 そうして少女は椅子から降りると、上機嫌で玄関に向かった。長身の男はしばらくその場から動かなかったが、やがてゆっくりと少女を追いかけて歩き出した。

 心地よい日の光が穏やかな気持ちを運ぶ、そんな春の日の出来事だった。




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