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▼ 03

 有の一日は早い。しかし終わるのも早い、はずだった。
「お前なんでこんな時間に来た。」
「いや何。本でも読もうかと思ってな。」
「此処は図書館じゃねえよ。」

 有は店の奥にある住居に無を通すと、寝ぼけながら書き物をしていた昔と同じ机に座らせた。彼に他意は無い。なぜならその一室にはちゃぶ台が一つしかないからである。
 本を勝手に抱えている無は茶を持ってくるという有に抹茶を頼みつつ、昔を観察した。少女はちらりと無を見たきり書き物へと動作を戻していた。彼女はどうやら平仮名の練習をしているらしく、ミミズが這いずり回ったかのような線をえっこらえっこら書いていた。無がそれをじいと見ているとぱしりと彼の頭が叩かれる。湯呑みを持った有だった。
「何だ抹茶ではないのか。」
「そんなもん出す訳ないだろ。ほら飲め、さっさと読め。そして帰れ。」
 ふむふむと無は言いながら頷くとやっと湯呑みを受け取った。そしてゆっくりと茶をすすってから本を開く彼を見て有は息を吐き、自分もまた座った。そして昔の書き物を覗き込み、ひとつを指差して、これはこうするといいと手本を見せた。手を止めていた昔は嬉しそうに頷くとまた練習を再開した。
 かちこちと振り子時計の音がする。しばらくして無が本を閉じると昔がこくりこくりと船を漕いでいた。気がついた有が毛布をかけようとしていたところで、無が止めた。そして被衣を足元に適当に置いて擦り寄るとよっこらせと昔を抱き上げる。有はそれを見て目を丸くした。
「さて、昔の部屋は何処かな。」
「あ、嗚呼、案内はするが。」
「よし教えておくれ。私の腕はそんなに保たない。」
 有が急いで無を昔の部屋に案内する。一人部屋にしては少々広いその部屋に有がてきぱきと布団を敷くとそこへ無が昔を寝かせる。静かな寝息を立てる昔に有が布団を被せると、少しばかり身震いをした。まだ温まっていない布団が寒いのだろう。しかし時期に温まるからと有はそっと離れた。が、無は昔の隣に座ったままだった。
 有が刺々しく言う。
「食うなよ。」
「はは、美味しそうな夢を見ていると思ったのだが。」
「そうか。食うなよ。」
「二度も言うか。」
「お前なら手当たり次第に食いかねんからな。ほらさっさと部屋を出るぞ。」
 無は残念そうに有に続いて部屋を出て、最初の部屋へと戻ってきた。有が茶を淹れなおすかと聞くと、無はそれを断って被衣を被り、本を持った。そしてその本を持ったまま住居を出、店の番台にその本を置いた。
「これを返しておいてくれ。場所を忘れた。」
「分かった。じゃあさっさと帰れ。」
「また来よう。」
「もう顔を出さなくてもいいぞ。」
「ははは、また明日だ。」
 その言葉に有が不審そうな顔をした。
「何だお前、用事があるのか。」
「おお、暴露たか。」
 無は上機嫌そうに笑い、有はとても面倒そうな顔をした。無は当然それを気にせずに続ける。
「昔に組紐をやろうと思ってな。何、良い材料が手に入ったんだ。」
 至極楽しそうな無の様子に、有は深いため息を吐いてからせめてもと口を開いた。
「頼むから面倒事はこれ以上持ち込まないでくれ。」
「心外だな。私は有を信用しているのだよ。」
 はは、ははは。深夜に響く無の笑い声に、有はもう一度深いため息を吐いたのだった。




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