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▼ 01

「やあやあ有君何をしている。」
「またお前か。何もなにも、今日も今日とて店番だが。」
 だからつまらんぞさっさと帰れと古本屋の主人をしている男は言う。主人である男の名は有(アリ)といい、結った茶色の髪をひょこひょこ揺らして商品棚の掃除を再開した。ぱたぱたとはたきを振るうと舞う埃に、やって来た男はゴホゴホと咳き込んだ。酷いじゃないかと不満そうに言う。男は蒔糊散らしが施された薄い色の被衣を被っているが、墨色の長い髪を赤い紐でまとめておりその両目は紅色をしているようだ。
「さてさて昔の様子はどうだい。元気かな。」
「嗚呼元気だよ。静かだけどな。」
「いやあそれはそれは調子が良さそうだね。見せてくれるかい。」
「言い方が気持ち悪いぞ。昔なら向こうで本の数を数えているから勝手に見てこい。」
「ははは、なら失礼するよ。」
 男はするりと有の隣をすり抜けると雑然とした店内を早足で歩いた。途中で男の被衣が本や棚にぶつかるようだがどうやらその被衣は本や棚をすり抜けている様子である。力強く歩く男は何処か曖昧な印象を受ける。
 男が立ち止まった。どうやら目的のものを見つけたらしい。紅色の両目の先には本を丁寧に数え、メモを取る少女がいた。少女は顔を上げる。
「あ。」
「やあやあ昔よ久方ぶりだな。何事も無いようで何より何より。」
「……昨日会ったよ。」
「ははは、昨日も来たからな。しかし二十四時間も会ってなかったのだから久方ぶりさ。」
「二十四時間も経ってないよ。」
「細かいことはいいのさ。ははは。」
 昔(ムカシ)と呼ばれた少女は腰まである黒い髪を結わえあげている。それを見て、赤い組紐はどうしたと男はその髪に手を伸ばし、触れた。特に艶がある訳ではないがさらさらと指通りの良い髪を男は不躾に触り、また同じことを言う。
「赤い組紐は如何した。」
「私も赤いリボンがいいの。」
「何、私と有と同じものがいいというのか。ほうほう。」
「有さんと一緒だと仲良しみたいでしょう。」
「そうだなそうだな。して私は。」
「どうでもいいよ。」
「ははは、ははは。潔いのは良い事だ。」
 男は楽しそうに笑い、昔の髪から手を離した。そして目を閉じて顎に手を当てて何か考え事をし始めたので、昔は興味をなくしたように本を数える作業を再開した。静かな古本屋にはたきの音とメモを取る音だけが響く。やがて半刻程経過すると男が紅い目を開いた。
「ならば昔よ、私のお古はどうだい。キミならば良く似合うだろうよ。」
 どうだいどうだいと楽しそうな男に、昔はペンを止めて顔を上げた。そしてしばらく男の顔を見たかと思うとその小さな口を開く。
「いらない。」
 男はその言葉に大きくて奇妙な笑い声を上げ、昔はそれを見て尚更複雑そうな顔をした。しかし笑い声を聞いて本棚の間から有が顔を出すと、昔は微笑んで彼に手を振った。有はそれに頬をひくつかせて手を振り返すと、さっさと帰れと男に向かって言い放ったのだった。




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