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▼ ハクドーの獣・一の巻

ハクドーの獣・一の巻


 獣ならば飼い慣らせると誰が云う?


 小さな村の片隅。小さな小さな小屋の中。レゴリスは日の出と共に起床した。小さな手で井戸から水を汲み、身支度を整える。それからキッチンまで水を運び、それを呼び水にポンプを使って朝食作りを始めた。
 とたた、小さな魔獣が走る音がした。キィと扉が開く。
 レゴリスは振り返った。
「おはよう御座います、師匠」
「やあ、おはよう、レゴリス」
 今日も早いね。師匠たるナンシーは笑った。

 朝食はベーコンエッグにカリカリに焼いたパンだ。ナンシーは手を洗い、朝食を食べる。レゴリスもそれに習い、食べ始めた。
「最近の調子はどうだい?」
「特に何もありません。師匠こそ、遠出されていたようですが」
「まあ調整を少しね。にしても、レゴリスに危険が無いようで良かった」
「心配性です」
「当然の感情だよ、レゴリス。お前はまだ、親のケアを受ける身だ」
「師匠は親ではありません」
「左様。親の代わりに私が見ているのさ」
「そうですか」
 レゴリスはあっという間に朝食を食べ終える。相変わらず早いね。ナンシーは苦笑した。
「もっとゆっくり味わいなさい」
「師匠が遅すぎるんです」
「老体には老体のペースがあるのさ」
「私には私のペースがあります」
「しまったな、一枚取られた」
「どちらでもいいクセに」
「ははは、そうとも言うね」
 ナンシーは快活そうに笑うと、朝食を再開した。

 鳥の声がする。レゴリスは食器を洗いながら、洗濯をしようと決めた。どうやら今日は天気がいいらしい。
「師匠はまた遠出ですか」
「いや、今日はここにいるよ。調合したい薬があってね」
「怪我でも?」
「いや、眠り薬さ。護身用のね」
「戦闘嫌いですね」
「いつものことさ」
 できるなら何も傷つけたくないからね。ナンシーは笑う。レゴリスは、師匠は綺麗事が好きだなあと、呆れた。
「身を守るなら何だってするクセに」
「それが魔法使いというものだよ」
「分かりません」
 レゴリスが言うと、分からなくてもきみは魔法使いになれるよと、ナンシーはレゴリスを安心させるように言ったのだった。

「明日の遠出はレゴリスにも来てもらいたい」
 カードを使って占いをしたナンシーが言う。レゴリスは空になった洗濯籠を抱えて、はあと頷いた。
「構いません」
「よろしい。どうにも、獣探しの司令塔殿が調子に乗っているようだ」
「獣、ですか」
 レゴリスは目を伏せる。そうとも。ナンシーは笑う。
「きみは獣だ。ハクドー家の哀しみを背負う獣。ハクドーの獣。哀れで美しき月の獣」
 ナンシーは歌う。
「獣殺しをしようと企むのを、阻止しなければね」
「師匠は獣が恐ろしくはないのですか」
「勿論、恐ろしいとも! でもね、レゴリス。私はそれよりも世界法則を重視したいのさ」
 獣には生きていてもらわないとね。ナンシーは微笑む。
「とびっきり幸せになってもらうのさ」
「……分かりません」
「いいとも」
 分からなくて、いいのだ。ナンシーは繰り返し、レゴリスは洗濯籠を床に置いた。




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