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▼ 12

 ここはどこか、どこでもない、どこかの場所。そこにある、とある古本屋。
「やっと見つけた」
 青年はぎゅっと手を握りしめる。その隣にいた狐面の少年は、くあと欠伸をした。

 有はその日も店番をしていた。客は来ないが本は流れてくるのでそれをひとつひとつ検品して呪術や怨念がないか、危険度は高い本か低い本かなどを仕分けていた。
 キィと音がして有は来客を知り、いらっしゃいと顔を上げてから、ハッとする。
 そこには狐面の何かを連れた青年がいた。
「有よ、この本の頁が減ってるようだが」
「出てくるな!!」
 有の言葉より先に、ひょいと無が裏から顔を出していた。そして青年を見て、ああと諦めの顔をした。その顔に、青年は怒りの表情を浮かべる。
「見つけたぞ人喰い獏め!!」
 そのまま走り出し、短剣で無を刺そうとする青年。無は何もせずにいたが、有が突き飛ばしたことで青年の短剣は空を切った。
「やっと見つけた、ヨシノ」
 無は、突き飛ばされた先で狐面の少年の姿をした何かに抱きとめられていた。ハッと気がついた様子の無がその少年を突き飛ばして離れる。しかし狐面の少年はケタケタと笑うのみ。
「ナナトについてきた価値があったというものだ。ようやく見つけた、ヨシノ」
「違う、もう私はそれではない、私は、私は」
「しっかりしろ無!」
「うるさいぞ猿め」
 そうして狐面の少年は姿を表す。紅色の髪、金色の目。狐面は外れていた。そしてそのまま手を振りかぶり、雷雲を呼び寄せる。雷獣か、有は舌打ちした。
「とにかくここは危ないから通りに行くぞ!」
「私は、私は」
「しっかりしろ無!」
 有は無を引きずって店から飛び出した。その後ろを待てと青年と雷獣が追いかける。
「リュウサク兄さんを喰った人喰い獏め! 殺してやる!!」
「違う、いや違わない、わたしは、私は!」
「耳を貸すな無!」
「そこの猿、うるさい!! 夏頼む!」
「指示などされたくないがヨシノの為なら仕方ない」
 雷獣が有に襲いかかる。有は必死にもがき、両腕両足を獣に押さえつけられながらも、無を見つめた。
「無! 逃げろ!」
「私は、私は、リュウサクさんが」
「無!」
「うるさいぞ猿め」
 喉を押さえられ、有は必死になって暴れる。その向こうで、少年は無と対峙していた。
「お前を殺せばリュウサク兄さんの仇討ちになるんだ!」
「ちが、私は」
「うるさい! なんにも無しの無め!!」
 無の目が見開かれる。ああ、あああと呻き声をあげる。その時、有が雷獣の拘束から抜け出した。
「無、しっかりしろ!」
「夏は何してるんだ!」
「お前さんな、言葉を選べ」
「夏は僕の味方だろう!」
「あああ、私は、何にも、無い、無い、無い無い無い無い」
「落ち着け無!」
 無の肩を揺さぶり、有はその目に語りかけた。
「お前は何にも無いんじゃない、足り無いだけだ! そうだろう、お前の足りないものは俺が持つ!」
「あ、ああ、きみは」
「有だ、お前と契りを結んだ、あの時を思い出せ!」
 無はその言葉に段々と落ち着きを取り戻す。青年達はそれを瞬きもせずに見つめていた。嗚呼、と無は笑った。
「そうだった。私は無だ。足りない無だ。きみが、有が、補ってくれると約束してくれた」
「そうだ、思い出したか」
「嗚呼、嗚呼、勿論さ」
 そこでやっと無は青年を見る。青年はキッと目を尖らせた。
「僕の名はナナト! リュウサク兄さんの仇討ちに来た!」
「それは、それは」
 何だ文句があるのかと叫んだナナトに、無は深い悲しみを目に浮かべた。
「リュウサクさんを慕っていたんだね」
「お前が喰わなければ、リュウサク兄さんは!」
「そうだね、この体はリュウサクさん"そのもの"だ」
 だけどねナナト君よ、と無は答えた。
「リュウサクさんと私はもう終わってしまった。リュウサクさんに会うにはもう、昔を利用するしかないんだ」
「会う? 何を言ってるんだ、リュウサク兄さんはお前が喰って死んだんだぞ!」
「ああ、そうか、そうだったか。でも、それでもリュウサクさんには会えるんだ」
 何を言っているのかとナナトは訝しげに無を見る。すると、とことこと人が歩く音がして、店からひょいと昔が顔を出した。その姿にナナトは子供がいるのかと首を傾げ、夏はゲェと嫌な顔をした。
「あれが昔(ヨシノ)だと、バカを言うなあれは全然違うだろう」
「夏は何を言ってるんだ?」
「お兄さん達はお客さん? それとも有さんをいじめる人なの?」
 小首を傾げた昔に、ナナトは頭を横に振る。
「有とやらはどうでもいい。僕は無とやらを殺しに来たんだ」
「そうなの?」
 ふうんと大して興味なさそうに昔は無を見た。ひらひらと手を振る無に、昔はにこりともせず視線をずらした。
「とりあえず他のお客様が来たら邪魔になるよ」
「そんなこと言われてもな。というか妖なんぞが古本屋をやってるのか。そもそもきみは一体何なんだ」
「私? 私は昔だよお兄さん」
 昔はにこりともせず言った。
「二番めだけどね」
 その言葉にナナトは意味が分からないと眉を寄せた。そのナナトを見て、夏は頭を叩いた。
「痛いぞ夏!」
「うるさい。一旦引くぞ。その小娘はヨシノとは似ても似つかないが、能力は変わらんらしい。さっさと帰るが吉だ」
「え、おい、待てって!」
 そのまま掻き消えるように消えたナナトと夏に、有はほっと息を吐いた。久々にスリリングだったではないかと無が茶化したが、馬鹿言えと有は難しい顔をした。
「少し座標を変えるか。あのナナトとやらは龍の血だろう」
「そうだろうね、リュウサクさんを知っているのだから」
 二人は立ち上がり、昔がそっと駆け寄る。怪我はないかと言うので、有は少しなと答えた。
「それは大変だ有よ、すぐに治療せねば」
「擦り傷みたいなものだから平気だ」
「有さん大丈夫?」
「問題ない。それより無は平気か」
「怪我はないさ。あの雷獣に助けられたらしい」
 そうじゃないと有は頭を横に振った。
「龍の血と会って、平気なわけがないだろう」
「いいさいいさ、別にな。私はもう戻れないのだから」
 そして無はぽんと昔の頭を撫でた。昔は嫌そうにせず、じっとしている。
「昔よ、お前は如何か間違えないでおくれよ」
 その言葉に、昔は凛とした声で答えた。

「もう間違えないわ、"私"」

 そうして無を見上げた昔に、無はそれは頼もしいと震える声で告げたのだった。




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