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▼ 09

 角の先、本棚の隅、店の端。リンゴがひょいと覗くと、ぱたぱたとハタキを振るう少女がいた。
 その子が気がつき、顔を上げるとリンゴは微笑みを浮かべて彼女の前に立った。
「ねえ、貴女のお名前は? 」
「……昔だよ、お姉ちゃん」
 少女が無表情で答えると、リンゴは驚いた顔をしてから、不思議そうに問いかけた。
「それはほんとう? 」
「ふたつめだよ、お姉ちゃん」
 少女の一言に、リンゴはなるほどと頷いてからしゃがんで、小さな少女と目線を合わせた。そうしてふわりと笑う。
「その名前は気に入ってる? 」
「あんまり」
 あら、そうなのとリンゴが驚けば、少女は僅かに不満そうな顔をして呟く。
「あのひとが付けたもの」
「あのひとって? 」
 知ってる筈だよと少女は返す。その言葉で、嗚呼とリンゴは気がついた。
「そっか、“私”か。私は見た事ないけれど」
 そう言ったリンゴはすらりと視線を動かし、少女が掃除していた本を見つめた。少女が手をずらし、本を差し出す。真っ白な表紙に青い題簽、奇妙な本には名前が無かった。
「これは」
「知らない」
「そっか」
 リンゴはその本を受け取り、表紙をするりと撫でた。すると本からホウと蛍のような光が溢れ、収束した頃には茶色い表紙に黄ばんだ題簽の普通の本に変わっていた。
 題名を読むと、リンゴは少女に本を返した。
「これでもう大丈夫」
「……そう」
 少女は本を受け取り、正しい位置に戻すと、くるりとリンゴへと向き直った。
 思いもよらなかったと、不意を突かれたリンゴが目を丸くしている間に、少女の小さな口が開いた。
「私、あなたのこと嫌いじゃないわ」
 淡々と語る少女に、リンゴはそれは光栄だと笑った。

「昔ちゃんって呼んでもいいかな」
「いいよ。お姉ちゃんは何て呼べばいいの」
「リンゴ。そう呼んでね」
 少女が僅かに目を見開くので、リンゴは金色の髪をさらさらと揺らして笑って見せた。
「私も、ふたつめなの」
「……そう」
 そして手を差し伸べたリンゴに、少女は手を伸ばし、柔らかな握手を交わした。
「貴女が選択をするまで、よろしくね」
「そう」
「選択をした後も、関われたらいいのだけど」
 きっと無理ね、リンゴは寂しい笑みを浮かべた。その笑みに少女は不思議そうに首を傾げた。
「なにも悲しいことはないわ」
「そうかな」
「今度こそ“私”は成功するの」
 ハッキリとした言葉にリンゴは驚いて唖然とし、しばらくしてからぎこちない微笑みを浮かべた。その微笑みはどういう顔をしたらいいのか分からない少女の、曖昧な笑みだった。
「貴女は私よりよく知っているみたい」
「ええ、きっとそうね」
 無表情で言い切った少女に、リンゴはそっかと虚ろな笑みを浮かべた。
「今度はあの人を生かしてあげて」
 ねえ、お願いよ昔ちゃん。縋るようなその言葉に、少女はふふと笑った。
「あら、願いは同じよ」
 少女がクスクスと語る。
「いつまで経っても変わりやしないの」
 嗚呼なんて可笑しなことね、と。




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