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▼ 08

 少女は語る。
「ねえ、有さんはパパを知っているの。」
 少女の問いかけに、古い本を分類していた男は手を止めた。そして顔を上げて空を見つめた。
 少女は熱を感じさせない声色で続ける。
「有さんは無の大切なひとなんでしょう。」
 その言葉に男はため息を吐いて、少女へと振り返った。地に足をつけ、真っ直ぐな目で男を見つめる少女に、男は語る。
「その言い方だと誤解される。俺と無は兄弟の契りを結んだだけだ。」
「ほら、特別なんだ。」
「だから……。」
 男は諦めたように息を吐き、少女は続ける。
「じゃあ、有さんはパパが憎いの。」
 問いかけに、男は複雑そうな表情を浮かべる。
「俺にとっちゃ、パパとやらはどうでもいいな。そんな御大層なモノに何の感情もないね。」
 だからこの話は終わりだと、男は本の山に向き直った。ちまちまと作業を続ける男の背中に、少女は小さな声で語り続ける。
「お母さんはとても優しい人よ、とても優秀な呪術師何ですって。」
「……。」
「お父さんもとても優しい人よ、呪術師の才能は無くても、人として素晴らしい感性を持つ人何ですって。」
「……。」
 そこまで聞いた男が作業の手を止めた。耳を澄ませているその様子に、少女は歌を歌うように続ける。
「パパはね、祝福を与えたわ。」
 短い台詞に、男は振り返った。少女は何の感情も見えない表情をしていた。
「帰りたいのか。」
 男の言葉に、少女は曖昧に微笑んだ。あまりにその年齢に似つかわしくない表情だったからか、男は眉を顰めた。
「帰りたくないわ。」
 少女は語る。
「未だ、"私"は知りたいことがあるの。」
 ねえ、と少女は首を傾げた。その動作だけならば、清らかなる少女の装いだっただろう。しかしその目はあまりに澄み切っていた。刺すような鋭さと見透かすような透明感、そしてガラス玉の反射のような存在感の消失がそこにはあった。
 だが、男は怯まない。
「夢を見たか。」
 咎めるような言葉に少女は首を振る。
「夢ではないわ。」
 その言葉に男は納得し、本の山に向き直る。そしてぶっきらぼうに告げた。
「無を殴りたいのなら殴ってやれ。俺は知らん。」
 男の言葉に、少女はいつもの様子に戻って応えた。
「あのひとはきっと、笑って流してしまうね。」
 教えた事を後悔していないもの、と少女は続けたのだった。




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