マツミナ/夏風邪


 うだるような暑さ、虫の声が痛い。
 じわじわと侵食されて、されきってしまった体は重たくてちっとも起き上がらない。夏風邪をひくようなたちじゃなかった筈なのだがなあとぼんやり思っていればからころと氷がぶつかる音がした。マツバだ、と思った時には開け放たれた障子に影をうつしてマツバが現れた。その腕の中には氷水、そこにはきっと白いタオルが沈んでいる。私を見守っていたゲンガーをマツバはよく出来ましたと褒めて遊びに行っていいと許可した。ゲンガーは私を気にしながらも喜んで庭へと駆け出した。それを見送ったマツバはタオルを絞って私の額に乗せると全くと飽きれた声を出す。
「大人が風邪を引くと大変なんだからもっと気をつけてね。で、今度は何をしたの?」
「ひどいな、夏風邪なんて数年ぶりだぞ。」
「その数年前のことを言ってるんだけどね。あの時は入院騒ぎになったじゃない。」
「確か、脱水症状と夏風邪のコンボだったか。あれは大変だったぜ……。」
「で、何したの?」
「分かってて聞いてるだろう……。少し湖に落ちただけだぜ。」
「それだけ?」
「……ご飯もあまり食べてなかったな。水分はとってたぜ。」
「食欲不振、体のふらつき、完全に夏バテじゃないか。もっと早く体を休ませておくとか、暑さに対応できるように対策してよ。目の前で倒れられるとか本当に驚くから。」
 静かに怒っている声にすまないと言えば、医者を呼んだから安静にしていてと言われる。そして立ち上がったマツバにどうしたのかと問えば、振り返ったマツバは言う。
「ロクに食べてないどっかの誰かさんの為にお粥でも作るよ。胃腸が弱ってるだろうから固形物なんて食べさせないからね。」
「マツバがなんかこわいぜ……。」
「当たり前だよ。どれだけ心配したと思ってるの。」
 何も言い返せずに声にならない呻き声をあげれば、マツバはくすくすと笑って私のそばに戻ってきた。どうしたのかと見上げていれば、マツバはそっと座り、私の火照った頬を撫でる。その手がひんやりとしていて、その気持ち良さに目を細めれば、微笑みを浮かべたマツバの顔が近づいてきて私の額に口付けた。
「早く良くなってね、僕のミナキくん。」
 そう言うとゆっくりと顔が離れ、立ち上がって去っていく。そんなマツバの背中に私は頭を抱えたくなった。
「かなり本気で怒ってるじゃないか……これはやばいぜ……。」
 元気になった時に何されるのだかと、今から不安になったのだった。

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