マツミナ/かじかむ手を握る/精神マッハなミナキの話



 氷の張った水に手を近付け、小さな音を立ててその薄い氷を割る。そのまま指先から手を水の中へと入れていくと突き刺すような冷たさに顔を顰めてしまうが、ふつふつと湧き上がる感情に口角が上がるのを感じた。
「何しているの」
 問う声がしたので私はそちらに振り返り、答えた。
「何よりも澄んでいる気がしたんだぜ。」
 手は水中の侭。

 冷え切った冬の日だった。辺りは銀世界となり、雪は降ることをやめていたが地上に積もったまま溶けそうにない。ちらほらと街の中で見かける水には薄い氷の膜が張り、吐く息は白い。そしてそんな日にもミナキ君はいつもと同じ服装で、久しぶりだなと顔を見せに来たのだった。
 家の中に招き入れてストーブを着けた部屋に押し込み、温かい飲み物を用意する。いつも通りの無茶な旅で栄養が摂れていないだろうと、飲み物はホットミルクにした。後で夕飯を食べさせようと決めて部屋に戻ればミナキ君の姿は無く、少しだけ開いていた障子を開けば庭にその姿が移動していた。ミナキ君は水瓶に手を入れていて、何をしているのかと聞けば笑いながら何よりも澄んでいるような気がしただなんて言う。水瓶には割れた氷の膜が浮かんでいて、驚きが落ち着いてきた僕は心配からか怒りが湧いてくる。でもそれをぶつけるのは僕らしくないし、きみを傷付けるだけだろうと判断出来たので、飲み物を炬燵のテーブルに置いて水瓶に手を入れたままのミナキ君に近付いた。
 ミナキ君は視線を水瓶に戻していて、手は水瓶の中で微動だにしていなかった。僕はそんな手を目掛けて水瓶に手を突っ込む。突き刺さるような痛みを耐えて、ミナキ君の指に指を絡めて水瓶から持ち上げる。いつから入れていたのか分からないが、そんな長時間ではないだろう。けれどミナキ君の指先は氷のように冷たかった。ミナキ君は笑みを含んだ、楽しそうな声で言う。
「なあ、知ってるか?」
「何を?」
「スイクンはれいとうビームを覚えているんだ。」
 間違い様も無く喜色を帯びた言葉に、僕は怒りが湧くと共に苦しくなる。だから何だと言うのだ。だって、僕はスイクンがれいとうビームを覚えているかなんて知らないのだ。
(たとえさっきの行為が かみさま に近づく手段だとしても。)
 僕はミナキ君の手をもう片方の手と共に覆う。ミナキ君は笑っていた。その目はまるでガラス玉のように、何も表さないかのように僕を映していた。
「僕はミナキ君が正しく幸福であってほしい。」
 何を言っているのだと言ってミナキ君はおかしそうに笑うものだから、僕はただそのかじかんだ手を己の手で温めようとするしかなかった。

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