マツミナ/ゆるやかな果て/ほんのり病んでるマツバさんの話


 ひとつずつ、音が湧いていくような気がして、ひとつずつ、彼らは歩み寄ってくるのだ。

 ミナキ君の朝は早い。そして目が覚めてからずっと忙しなく動いて朝の仕事を一気に済ませる。何も悪くないけれど、もう少しのんびりしても大丈夫なのになとは思う。僕だってやることは沢山あって、朝からずっと動き回るけれどミナキ君ほどではないと断言できる。というか、ミナキ君は基本的にのんびりするより忙しなく動く方が好ましいと今まで常識だと思っていたのだ。スイクンから離れてエンジュに住む今は、そうでもないと分かっているのだろうけれど。

 昼になると、ミナキ君は茶を飲んで一息ついてから、のんびりと庭の手入れをする。僕は僕とミナキ君のポケモン達と触れ合いながら行われる穏やかながら賑やかなそれを見ながらジムの書類を片付けるのだ。幸福な時間だろうと思う。まるで永遠かと思うような時間だ。ほんの少し怖くなるぐらいに。

 夕方になると夕飯の準備と風呂洗いをする。これは僕とミナキ君が手分けする仕事なので朝とは比べものにならないぐらいの仕事量だ。ただし昼よりは忙しいものであるし、さらにゴーストポケモン達が本格的に動き出すのでそれらに気をつけなければならない。ミナキ君はこの家に来たばかりの頃、ゴースト達に物陰から驚かされて皿を割ることがしょっちゅうあった。僕は昔からの慣れがあってそんなことなかったけれど、驚く気持ちはよく分かる。慣れていたって驚く時は驚く。ただ、皿は割ったことがないだけで。

 夜になれば街が静かな時間になる。ゴーストポケモン達は各々が自分の時間を満喫し、僕ら人間は眠る準備をする。隣に敷いた布団に寝転がるミナキ君は今日も充実した一日だったと笑う。そして瞼を下ろして寝てしまうのだ。僕も同じように眠るのだけれど、ミナキ君の瞼が下がるこの瞬間はいつ見ても心臓がどきりと跳ねる。目を閉ざしたきり、もう二度と起きないのではないかと、幸福だからこそ不安に思うのだ。贅沢な不安だがどうしようもない。
(人間は幸福が続くと怖くなってしまう。)
 だから僕はミナキ君の首に手を伸ばして、その手を止める。不幸を空想するだけで、追い詰められた精神が落ち着くような気がした。
「おやすみ、ミナキ君。」
 ミナキ君の口が薄く開く。喉仏がゆるゆると動き、それはか細い声を発した。
「おやすみ、マツバ。」
 嗚呼、その返事すら、不安を呼ぶ幸福を生む。

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