マツミナ/憧れは固着と化し
スイクンゲットイベントがホウオウゲットイベントよりかなり早く終わっている設定。マツバさんが達観してない人間です。
!後味が悪いかもしれません!



 僕の脳みそには幾多もの地獄が詰まっているのだろう。
 僕は決してそれを地獄とは思わないけれど。

 かつての人々が書いた書物を読み解く。大抵の人は全てなんかを受け取らなくていい。でも僕は全てを受け取らなくてはならない。それは僕がこのエンジュのジムリーダーだから要求されることではなく、僕が虹を見たいと願う修験者だからであり、僕の意思だ。
 古の記憶が綴られた書物はこの紙切れひとつすら、値段が付けられないものだろう。でも僕は白い手袋をして、無遠慮に触るのだ。僕はそういうものを多く扱ってきて、良くないことに慣れてしまったからだろう。しかしそれを咎める人はいない。何故ならその時は僕が修験者の肩書きを返上する時で、それは僕にとって何よりも辛い事。故にそれは見えない鎖となっているのだ。大丈夫、傷つけないような力加減も体がよく覚えている。
 読み辛い内容を読み解き、脳味噌に焼き付ける。書き写すことは許されないのだから、これしかこの書物を持ち出す方法は無いのだ。このような作業を繰り返すうちに僕の脳味噌は図書館となり、今この瞬間に僕はこの本を一頁ずつ収蔵していくのだ。罪だろうか。否、これは許された行為だ。
 作業に没頭していると部屋に備え付けられたタイマーが鳴った。この部屋に入ることを許された時間が終わった合図だった。係の彼がやって来て僕に笑いかける。いい時間は過ごせたかと問われた。だから僕は伝えるのだ。
「ありがとう、今日も充実していたよ。」
 彼は微笑み、喜びを言葉に表した。

 地下に作られた書庫から出て、地上の外に出る。新鮮な息を吸い込み、吐く。持ち歩いているボールがカタカタと震え、それによって彼がやって来ていることに気がついた。ポケモンはボールの中であっても、その能力は人間を遥かに超える存在なのだ。
 やがて歩く音が聞こえてくる。軽やかなその音は旅で歩き慣れた音であり、それでいて彼らしくなくゆっくりとしていた。追いかけていない、忙しくしていない姿はきっと住地としたこのエンジュでしか見られないのだろう。期待してもいいのなら、僕がいるからであってほしいと思う。
「マツバ、迎えに来たぜ。」
「ありがとう。僕はこれから何をするか決まってないけれど、ミナキ君はこれから買い物かい?」
「ああ。角のスーパーにモーモーミルクが入荷されたらしいからな。」
 向かいのおばさん情報だと笑う彼に、愛おしさが顔を覗かせた。このエンジュでしっかりと根付こうとしている、根付いていっている。それがとても嬉しかった。僕にとってこの街は血肉と同じものだから、きっと僕の中の独占欲が満たされていくのだ。それが何とも言えない満足感と幸福を湧かせる。
 なあ、とミナキ君が僕の目を見る。なんだいと聞き返せば彼は気恥ずかしそうに笑った。
「よければ一緒に買い物に行かないか?」
 荷物持ちかいと茶化せば、彼はそうではないと困った顔で頭を振った。気がついているだろうと恥ずかしそうな彼に、僕は笑う。
「いいよ。一緒に行こう。」
 彼は嬉しそうに笑って、ならばと歩き出した。それに並ぶように僕も歩き出す。家にある食材を言いながら今晩の献立を練るミナキ君にぽつぽつと口を出しながら、自分の手を握る。僕はまだ、追いかけている。憧れの結末は彼の方が先だった。彼は選ばれず、姿を晦(くら)ますように深夜にエンジュの僕の家にやって来て、同居が始まった。それが同棲のようなものとなったのはすぐだった。
 ふと、返事を求めてこちらを見たミナキ君の紺碧(こんぺき)色の目にハッとした。
(今、僕は何を考えていた。)
 否、そうではない。
(僕は今、何を考えていなかった。)
 恐ろしい悪寒に腕を抱いて震えれば、彼が心配そうに声をかけてくれる。それが遠くからのものに聞こえて意味が受け取れない。恐ろしい。恐ろしいのだ。
(僕は、虹を。)
 羨望を、僕は。

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