月見/マツミナ/中秋の名月


 月が綺麗な夜なのだ。
 白い月が浮かぶ空を眺める。まだ日があるこの時間の月は、位置が低い所為で地上の家と比較される。けれどそのおかげで白い月はその大きさを僕たちに知らしめるのだ。
「今日はお月見をしよう。月見団子を買ってきたんだぜ」
 笑って言ったミナキ君の格好は白シャツに茶色のスラックス。そこに下駄を引っ掛けた姿はエンジュに馴染んでいるように見える。余所者のミナキ君だが、エンジュの人たちは例外的にミナキ君と仲良しだ。矢張り幼い頃から通っているからだろう。人付き合いが昔から得意なミナキ君を贔屓にしているエンジュの人は多い。
 ミナキ君は縁側から僕の家に入ると、真っ直ぐに台所へ向かう。買ってきた新鮮な食材をビニール袋から冷蔵庫に移し、物によっては冷蔵庫の外の涼しい場所に置く。食材の扱いは手慣れたもので、ミナキ君がこの家に住むようになってそんなに経つのだなと感慨深くなる。僕はミナキ君と住むようになって、ジムリーダーの仕事と修行により集中するようになった。エンジュのおばさん達や僕と同じように修行に明け暮れる人たち、果てはエンジュの町の皆がそれに喜んだ。嗚呼、このこともエンジュの人たちがミナキ君を受け入れた理由になるのだろう。
 夕飯の準備をするとミナキ君が台所に引っ込むと、僕のゴースやムウマージがそれに引っ付いて行く。彼らはミナキ君が家事をするようになってからよくお手伝いをしている。彼らも僕と同じように修行を沢山しているのだから疲れるだろうにと思わないこともないが、何よりも息抜きになっているのだろうと、楽しそうに家事手伝いをする皆を見て思ったのは、もう少し前のことになる。
 ミナキ君はいつかこの家を出て行くのだろうと思う。それは少し怖くて、僕はそれに関する千里眼を使うことが出来ない。それぐらいに僕はミナキ君に様々な面で依存しているのだろう。何せ彼は僕のメンタル面も支えてくれている。否、僕らは支え合っているのだ。僕はホウオウを、ミナキ君はスイクンを求めることが出来なくなった。その事で僕らは支え合う。勿論、それが傷の舐め合いでは無いことを僕は断言できる。つまり僕らは徐々に心の喪失感から回復していっている途中だということだ。お互いがお互いに回復のためのキズぐすりになっているのだ。だからそれが必要なくなるまでは、必ずミナキ君は僕の元に居るのだろう。それがとても嬉しい。
「マツバ、茶は要るか?淹れようと思うのだが、ついでならマツバもどうだろう」
「いいね。じゃあ僕が淹れるよ。ミナキ君は夕飯の準備があるでしょう」
 僕の言葉にミナキ君は嬉しそうに笑って、それからよろしく頼むと鍋に向かった。

 夕飯の後、風呂に入ってから二人で縁側に並ぶ。ポケモン達は大きな満月に喜んで庭の中ではしゃいでいる。その様子を微笑ましく思いながら、用意していた緑茶を飲み、月見団子を食べる。ポケモン用の団子も沢山買ってきたとミナキ君は言って、皆に遊び終わったら団子を食べようと声をかけた。鬼ごっこのようなことをしていた皆は嬉しそうに鳴いたのだった。その声に満足そうにするミナキ君に、僕は今なら言えると思った。
「ねえミナキ君」
「なんだ?」
「ミナキ君は何時迄此処に居てくれるの」
 僕の質問にミナキ君は目を瞬かせ、そうして控えめに声をあげて笑った。その反応に僕はぽかんとしてしまう。
「はは、すまない。」
「うん」
 ミナキ君は落ち着いてから、僕をしっかりとしていて、かつ優しい目で言ってくれた。
「マツバが望むなら何時迄も。」
「え、」
「私はこの家が好きだ。ここのポケモン達も好きだ。マツバも勿論大好きなんだぜ?」
 きらきら、月光で照らされたミナキ君の頬は染まっていて、僕は何だと思った。
(答えはシンプルだったのか)
「マツバはどうなんだ?」
 問いかけるミナキ君に、僕はゲンガー達が駆け寄ってくるのを感じながら口を開く。
「勿論、僕もずっと居て欲しいさ」
 ミナキ君がゴースに驚かされるまで後五秒。

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