雲の上で人魚は唄う/マツミナ/勘違いを知った


 あの有名なおとぎ話の最後を、僕は覚えていない。
 人魚のおとぎ話は昔にミナキ君が教えてくれたぐらいしか知らない。僕の家は、外国のおとぎ話なんて一切触れることない環境で、今思えば嫌になるほど閉鎖的だった。それはエンジュ自体が閉鎖的な雰囲気のある場所なので仕方が無いのだろう。尤も、エンジュのそれは良い意味でだが。
 そう、そのおとぎ話を僕はふと思い出した。何にも囚われずに生きていた人魚は、恋をして声と引き換えに脚を手に入れた。そして、なんだったか。
(そう、王子が結婚してしまう)
 それからをどうやっても思い出せない。

 少し気になりながら、トントンと調理の音を聞いた。今日の料理当番はミナキ君で、主菜はレタスの炒め物だと言っていた。

 ミナキ君に、旅は辛くないのかと聞いたことがあった。ほとんどこの街から出ない故の質問に、ミナキ君はすぐに返事をした。
ー「辛いし苦しいこともある」
ー「けれど、やりたいことがあるなら耐えられないものではないさ」
 僕は驚いて目を見開いてしまっていた。あの時、僕はミナキ君が旅が楽しいと言わなかったことに驚いたのだ。言葉で、旅が好きだとも表さなかった。苦笑していたミナキ君だったが、声色は楽し気だった。嫌いではないと、むしろ楽しめるのだと言外に伝えられた気がして、やっぱり驚いた。まるでエンジュの人たちのようなそれに、僕は焦燥にかられたのだ。
(そうまるで、君が旅人ではなくなってしまうようで)
 まるでエンジュの人たちに取り込まれてしまうようで。
(僕だけのミナキ君じゃないと嫌だって)
 僕はまだ、幼かった。

「出来たから運ぶのを手伝ってくれ」
 ひょこと顔を覗かせたミナキ君に頷いて返事をし、立ち上がる。手早く料理を運ぶと、ちゃぶ台には二人分の食事が並んだ。その彩りに美味しそうだと素直に言えば、ミナキ君はありがとうとはにかんだ。
 ポケモンたちにそれぞれ調合が違うポケモンフーズを配り、全員でいただきますと挨拶をして食べ始める。レタスの炒め物は味噌と醤油と砂糖で甘辛く仕上がっており、シャキシャキとした食感もあってとても美味しいと伝えた。ミナキ君はよかったと安心していた。
 その時、ふと、ミナキ君の箸が食事を運び、唇に触れるのを見てしまった。
(嗚呼)
 どろり、と心に薄暗い泥が溜まるのを確かに感じた。同時に漠然と理解した。

 どうやら僕が人魚だったらしい。



title by.恒星のルネ
このお話で人魚が意味するものは「漂うわたし」と「自嘲の笑みが溢れそうなきもち」のつもりです。雲は「理想」、唄うは「発言」と「思考」のつもりです。

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