翼の無い僕と天翔るきみ/マツミナ/特別なんかじゃない僕と僕にとって特別なきみ/お礼小説


 僕はこの街に囚われているのかもしれない。ホウオウへの執着と、千里眼によって得た情景への執着。それらで雁字搦めに縛られて、僕はこの街から出られない。精神の海の中、僕は自ら縄を握っているつもりで、その実、本当はこの街に縛られているのかもしれない。
 僕は自由の翼を折ったのではなく、翼すら生やさなかったのだ。
 でも、それでも良かった。厳しい修行の中、ホウオウの輝きは僕の心の支えだったんだ。ホウオウが居なければ、僕はとっくの昔に千里眼を持て余し、木偶の坊になっていただろう。

 そして僕はきみに出会う。何にも囚われず、自由を象徴するようなきみに。
 幼いきみはスイクンがお気に入りだった。大好きだと何の戸惑いも無く言ったきみに、幼い僕はてっきり同じだと思っていた。きみも僕と同じで、大好きなものがあるのだと。
 でもそれは大きな間違いだった。刷り込みのようにホウオウを盲愛した僕と違い、きみは自らスイクン伝説を選んだのだ。きみの祖父は常々言っていた。いつかその愛が叶うことが無くとも、お前はきっとその愛を手放せない。だから程々にしなさいと諌(いさ)めていた。きみはそれを静かに聞いて、それでも好きなのだと、後悔はしないと強い目をして言った。
 そして僕は千里眼で見てしまう。きみが選ばれなかった、未来を。
 哀れだと思った。とても虚しいと思った。その頃の僕はホウオウに選ばれないなんて考えもしなかったから、只々可哀想だと思ったのだ。けれどきみはそんな僕に笑いかけて、いつかホウオウとスイクンと一緒に遊ぼうと言った。
 そうして、僕は千里眼で禁止されていたホウオウを見ることを実行した。結果は、選ばれない未来だった。

 僕は泣くことも嘆くこも叫ぶことも出来なかった。何もかもを失ったみたいに、何もせずに閉じこもった。食事すらしようとしない僕に、周囲は焦った。ホウオウに1番近いとすら囁かれた僕の、命を心配した。僕は価値が無くなってしまったと思った。生きる価値が、命の価値が無くなったと思った。ホウオウへの憧れと盲愛と、ホウオウの為に生きてきた僕は、全てを見失ったんだ。
 そんな僕にやがてきみがやって来た。ボロボロの姿は、屋敷を守るゴーストポケモン達に攻撃されたり守られたりした跡だった。
「マツバ、どうしたんだ、どうして、こんな」
「ミナキ、くん」
「おねがいだ、マツバ、マツバ、」
 死なないでときみは震える声で囁く。目に涙を目一杯張ったきみは、何も知らなかった。未来なんて、何も。
「ミナキくん、ぼくはね」
 知ってしまったことを言おうと思った。言ってしまえば、きみは僕を理解してくれると思った。誰もが、この事を言えば理解してくれると思っていた。
「ぼくは」
「ホウオウとそらをとぼう」
「ミナキく、」
「わたしはスイクンとだいちをはしるから、マツバはホウオウと、そらをとぶんだ」
 その目は濡れていたのに真っ直ぐで、涙が溢れて頬を濡らしていた。そこで僕は分かったんだ。この人は変わらない。僕が例え真実の未来を告げても、きみは変わらない。

 僕は、誰かの考えを変えられるような大層な人間なんかじゃない!

「いっしょに、あそぼう。みんなで、いっしょにおかしをたべて、おひるねして、えほんをよんで、ごはんをたべて、ひなたぼっこしよう」
 そんな日々をずっと、永遠に。幼心に分かっていた、永遠への疑問すらきみは抱かない。信じている。きみはずっと、かけがえのない未来を知らず、残酷な未来を知らず、願いは叶うと信じている。
 哀れだと、思わなかった。
(まぶしい)
 唯々、眩しい。

 それからどれだけ経っただろう。僕はホウオウへの憧れは捨てられなかった。ただ、ホウオウに選ばれることを望むのではなく、ホウオウが空を駆ける情景を望むことにした。それは諦めではなく、大層な人間なんかじゃない凡人の僕の、譲歩であり、決して苦しくない足掻きだ。きみはスイクンを追いかけて旅をし始めた。やれどこで見た、やれどこで目撃情報があったと大地を駆けた。そしてたまに僕に会うためにエンジュに顔を出すきみは、いつの間にかエンジュの人たちに受け入れられた。そして何より、きみを受け入れたのは僕だ。
 お邪魔しますと僕の家に入るきみに僕は語りかける。
「ねえ、ミナキくん」
「ん?どうしたマツバ」
「ただいまって言ってごらんよ」
 立ち止まり、きょとんとしたきみは次には笑顔になっていた。
「奇遇だな、私もそう言いたいと思っていたんだ」
 眩しい笑顔はあの頃と何も変わらなかった。

 そうして、あの未来がやってきたのだ。先にやって来たのは僕だった。あの子がホウオウに選ばれたのを、僕は地に足をつけてみていた。塔の上に降り立つホウオウを、街の人々と見た。悲しくも悔しくも無かった。でも、涙が一粒だけ零れた。
 そこから僕の生活は見違えるなんてことはなかった。修行はホウオウの為ではなく、自分の為にすると進言して続けた。数日後にきみがやって来て、さっき聞いたばかりなのだろう、ホウオウについてのことだった。
「僕は大丈夫」
「でも、マツバは」
「あの子が選ばれるのは、分かるんだ。僕に無い全てを、あの子は持っている」
「それじゃ、マツバは」
 ずっと頑張っていたじゃないかと。私よりずっと頑張っていたじゃないか、と。僕は苦笑する。きみは間違っている。
「あの子に会えば分かるよ」
 絶対的な運命に選ばれた、あの子を。努力とか、強さとか、そういうフィールドがあるこの世界で、決して誰も立てない唯一フィールドに立つ、孤独で孤高で孤立したあの子。ホウオウが求めていたのは、まっさらな人間なのだ。過去も今も未来も、出来事も夢も希望も、全てが何も無い。色の無い、まっさらな人間を。
(あの子だけの、あの子だけが、選ばれる)
 だからなのだ。悲しくも悔しくも無かったのは、あの子が僕とは全く違う、天賦の才を超えるかみさまだったから。

 数日後、きみはまた旅立った。次はきみの番なのだと悟った。きみは未来が訪れた時、何を思うのだろう。何をするのだろう。僕の千里眼は万能なんかじゃないから細かいことは分からないんだ。だからそう、天翔るきみが願わくば。
(僕の胸の中で泣いてよ)
 凡才の凡人たる僕の、願い。



一万打ありがとうございました!恋愛要素が薄いですが、お礼小説になります。テーマは幸せなマツミナさんだった筈ですが、幸せ、とは…。後半がわりかし駆け足ですみません。だらだら続けても仕方ないしとカットしたからこうなりました。あと、マツバさん視点なのでやたら謙遜してますが、マツバさんは他人から見て凡才凡人ではないです。とりあえずマツバさんにとってミナキさんが何より大切だということと、主人公の絶対さをを書きたかった筈です。テーマはどこに行ったのか。なにはともあれ一万打ありがとうございました!

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