鯉のぼり/マツミナ



 新芽の緑が濃くなってきた。マツバとポケモン達と散歩をしながら木々を見る。エンジュは自然の多い街だ。私は各地を旅してきたが、何と無くエンジュの自然は特別なように感じる。独特な空気感が原因だろうか。エンジュの、歴史が止まっているかのような街並みとその街の人の空気感が、他の街とは圧倒的に違うと思わせるのだろうか。
「ミナキ君」
「ん、なんだマツバ」
「お菓子買おうよ。今日は端午の節句だし」
「ああ、今日はそうだったか。忘れてたぜ」
「昨日エンジュに来たんだし、日付感覚が狂っていても仕方ないさ」
 笑いながらそう言ったマツバに少し決まり悪く思いながら、引かれるがままに一軒の民家のような和菓子屋に入る。
 ポケモンをボールに戻して店内に入るとすぐに色とりどりの和菓子が置かれていた。一番目立つ位置には柏餅など初夏の菓子。それから生菓子以外にも落雁やかりんとうや煎餅などが置いてあり、あれもこれも美味しそうだ。そしてなによりこの店の特徴はホウエン地方のポケモン用食品のポロックが置いてあるところだろう。
「柏餅を二つと、白と緑のポロックを70gぐらいもらえるかな」
「マツバさんところはポケモン達が多いからね、おまけしときますわ」
「ありがとう」
 この会話から分かる通りにこの店はマツバの贔屓の店で、私も何度か来た事があった。戸を開かねば何が売っているのか分からない上に上質な木で建てられたこの老舗は所謂一見さんお断りという店であり、なかなかに敷居が高い。マツバと出会わなければ絶対に入ることは無かっただろうなと思っているとマツバの接客をしていた店主のおじさんが、ちょいちょいと私を呼んだ。何だろうと近づくと商品ケースとは別の場所から何かを取り出してカウンターに乗せた。なんだろうと見てみると透き通った青色の寒天と同じく透き通った紫色の寒天が置いてあった。どちらも中には白餡が入っており、その色の美しさに感嘆の吐息が漏れた。
「マツバさんもミナキさんも綺麗な目をしてはりますから、こういうのも良いかと思いましてね。」
 にこにことそう言った店主に、マツバがありがとういただくよと楽しそうに言った。私もありがとうと言う。そしてはたと名前を覚えられていることに気がつき、少しだけ気恥ずかしく感じた。

 店主に再びお礼を言って店を出るとポケモンは家で出してあげることにして二人で歩き出す。話すことはタイムリーに端午の節句のことだ。
「ミナキ君は兜とか飾ったの?」
「とても小さなものを飾った覚えがあるぜ。小さな鯉のぼりも飾った覚えがある」
「あっちは都会だもんね」
「マツバは大きな兜と鯉のぼりのイメージだな」
「兜は大きかったと思うよ。鯉のぼりはそんなに大きくはなかったな」
 そんな話をしながら角を曲がると丁度角の家の庭に控えめな鯉のぼりが飾ってあるのが見えた。風で泳ぐそれに微笑ましさを抱くと、マツバが逃げるよねと言った。すぐにそのことに対して問うと、マツバは苦笑して続ける。
「鯉のぼりはちゃんと結んでおかないと飛んで行っちゃうよねってこと」
「ああ、なるほど。」
「最近のは工夫されているのかもしれないけどね」
 そう言われて、逃げるとは茶目っ気のある言い方だなと思っていると少しだけ強い風が吹いた。同時に何かが視界を掠める。それを目で追おうとするまえにマツバは動いていた。素早くモンスターボールからゲンガーを出すと視界を掠めたそれを取るよう指示した。その辺りで私の目は追いつき、それが何なのかを知った。そう、鯉のぼりだ。角の家から少年が飛び出てきて、マツバのゲンガーから逃げた鯉のぼりを受け取っていた。ありがとうとゲンガーに笑う少年に、ふと思いついた。
 少年を見送ってマツバとゲンガーと歩き出したので、さっきの思いつきを話すことにした。
「マツバ、鯉のぼりを出さないか?」
「え、何でだい?」
「いや深い意味は無いんだ。ただ、ポケモンたちが喜ぶんじゃないかと思ってな。」
 兜だとイタズラ好きのゴーストポケモンたちに悪戯されてしまうだろうと言ってやると、マツバは確かにと頷く。
「僕の家に鯉のぼりが立つところは誰も見ていないしね。一度くらいはいいかな」
「もちろん手伝うぜ」
「言い出しっぺなんだから見てるだけなんてさせないよ」
 じゃあ早く帰ろうかと笑うマツバとゲンガーに、私はそうだなと笑って歩き出した。

- ナノ -