懐かしい音がした。子どもが落ち葉を踏むその音は、初めて彼を知った日に聞いた音に良く似ていた。



その日、僕は疲れていた。毎日の修行は幼い僕の精神を喰んでゆく。僕は制御出来ない千里眼の暴走と、それの制御とホウオウに会う為の修行に毎日明け暮れていた。それはとても疲れるもので、前述通り、僕の精神を喰んでいた。

その日はとてもとても珍しく、修行が早く終わった。時間は昼を少しだけ過ぎたぐらい。お昼ご飯まで少し時間があったので、僕はふらりと、立ち入りを禁じられたわけでもないのに人が近寄らないやけたとうに向かった。精神も身体もボロボロで、ホウオウへの夢という気力のみで動いていた僕は1人になりたかった。静かにしていたかった。

やけたとうに付いた僕はゆっくりと黒く焦げた床に散らばる落ち葉を踏み行く。この落ち葉は外から入ったのだろう、このやけたとうはそれが入りそうな穴など数え切れないほどある。

歩いていて、ふと、誰かが奥に居ることに気がつく。僕は驚いた。まさか誰かがやけたとうに居るなんて。

もしかしたらホウオウかもしれないなんてあり得ない幻想を抱きながら、僕は進む。やけたとうの中心に彼は居た。

僕は目を奪われた。

胡桃色をした艶やかな髪が太陽光できらきらと輝く。彼の目は青い、紺碧(こんぺき)色だ。その目は床を見ていて、光が差していない筈なのにきらきらと輝いて見えた。白いブラウスと茶色の半ズボン。上品な服装かつ、エンジュでは見慣れぬ服装だった。

物珍しさで目を奪われたわけではない。その美しさに僕は頭が真っ白になった。ホウオウのことすら頭から掻き消えた。何かを真剣に見ている彼は僕に気がつかない。今考えると、気がついて話しかけられたりでもしていたら、僕はホウオウのことは忘れ去ってしまっていただろう。それほどに僕は彼に魅入っていた。

あまり時間は経っていないように感じる。彼が立ち上がる気配がして、僕は素早く物陰に隠れた。見つかりたくなくて、でも何処かで見つけて欲しくて。結局彼は僕に気がつかずに僕の隠れた物陰のすぐ近くを走って行った。落ち葉を踏む音がやけに耳に残っている。



僕は思考の海から浮き上がる。ざぱり。呼吸。酸素を燃やす。息を吐く。あれからもう何年も経った。彼ともう一度出会えたことは神様に感謝してもしきれない。求める伝説に関わりがある限り、それは必然だったのかもしれないけれど。

「マツバ?」
「どうしたの、ミナキ君」
「ぼうっとしているな、今日は修行していたのだろう?疲れたなら家に帰ろう」
「ううん。大丈夫。やけたとうに行くんでしょう」
「ああ。スイクンが生まれたとされる場所だからな、定期的に行きたくなるんだ」
「そっか」

あの日、何を見ていたのかは結局のところ分かるないままだ。それで良かった。今、彼が僕と共にいることが何よりも嬉しいから。過去を気にするなということではない。ただ、彼と一緒にいられる幸福感が僕を包み込んでいた。でも、それだけじゃあダメなんだ。旧友じゃあダメなんだ。

落ち葉を踏む。足音、二つ。僕らは散策することなく、やけたとうの自然にできた天窓の下に居た。出来た影、二つ。彼の胡桃色の髪が日光を浴びて輝く。彼は僕を見ていた。紺碧色の目はきらきらと輝いていた。

「マツバ、」
「ねえ、」

もう、頭が真っ白になることはなかった。

「好きだよ、ミナキ君」

見開いた君の目は日差しを浴びて煌めいていた。





踏み出した話
(同じこの場所で)
(僕は君と恋人になる)


5000hitお礼小説第三弾でした。

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