コトネ=マリルのあの子

届かぬものを欲するのが人の性だとしたら、これはなんと野性的でみっともない思いなのだろう。

私はミナキさんが好きだ。何よりも、何よりも好きだ。だから私は何度もエンジュに通う。それはヒビキ君がスイクンを捕まえたことを教えてくれてからの私の日常。ヒビキ君がスイクンを捕まえてから、ミナキさんはエンジュジムリーダーのマツバさんの元に居候しているからだ。

私がミナキさんに出会う前からミナキさんはマツバさんと仲良しだった。親友なのだろう、旧友なのだろう。私はそう思っていた。けれど、ある日気がついてしまった。ミナキさんのマツバさんを見る視線が私たちを見るのものとは決定的に違うということを。

その視線には優しさとか友情の信頼を越えた愛おしさを含んでいて、私は驚愕する。つまりミナキさんはマツバさんが好きなのだ。そう理解した時、私は浅ましいことに、勝てると思ったのだ。

同性間で抱くべきでない感情に、至極当然な私の恋愛は、ミナキさんのマツバさんへの思いに勝てると思ったのだ。ミナキさんの恋愛は実らないと私は決めつけた。だから私はこれまで通りにエンジュに通った。

そんなある日、マツバさんと再戦するヒビキ君をミナキさんと観戦していた時のこと。ふと、マツバさんがこちらを見た。その視線は私も確かに見ている筈なのに、どこかミナキさんしか見ていないように感じて、私は疑問符を浮かべる。しかし次の瞬間、私は愕然としていた。マツバさんはミナキさんだけを見て優しく甘く目を細めたのだ。

嗚呼、負けた。

浅ましい私はそう感じた。マツバさんは確かにミナキさんを愛しく見つめたのだ。二人が思いを伝え合ってるか私には分からないことだけれど、でも、確かに二人は思い合っていたのだ。

私は浅ましい。同性間だからとか異性間だからとか。そんなことは決まりきった社会の糞みたいなルールだったんだ。恋愛にそんなルールは無かったんだ。私は何を決めつけていたんだろう。

それからのこと、私はエンジュに行く回数を減らした。ミナキさんが手の届かぬ存在となっても、私の恋心はなかなか無くならずに燻っている。届かないミナキさんを思うのはなんとも野性的でみっともないものだけれど、それでも思わずにはいられなかった。

マツバさんとミナキさんを見るのは、正直辛い。でもいつか思い出の想いとなるように、私は自然に自然にエンジュから離れてゆくことにし、実行する。

(これでいい。これでいいんだ。)

(ミナキさんはマツバさんが好き。マツバさんはミナキさんが好き。)

(だから私は離れるの)

いつの間にか目尻に溜まっていた涙を拭う。泣くな馬鹿。私は大馬鹿ものだ。野性的でみっともなくて浅ましくて、馬鹿な私。

「ミナキさん…ッ!」

サヨナラ、さようなら、私の大好きなひと。私の大好きだった人。いや、私がまだ大好きな人。





ゆっくりトさようなら
(大好きで、大好きで、大好きな人)
(私は身を引くから)
(どうかあの人と結ばれて)

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