優しい顔も、仕草も全て。全てを手に入れたくて、誰にも見せたくない。そんな風に思っていたこともあったけれど、そんな燃え盛る思いはなりを潜め、何時の間にかとても穏やかなものになっていた。それは時間の経過も原因の一つだったかもしれないが、一番は彼が自分を愛してくれていると心の底から信じられたからだろう。

「マツバ、どうした?」
「何でもないよ、ただ、丸くなったなあって」

僕が笑うと彼も微笑んだ。きっと僕の言葉の真意はお見通しなんだ。それも僕の炎を沈めた安心という二酸化炭素の一つ。

「前のマツバは若かったからなあ」
「今だって若いけどね」
「まあな」

あの頃の僕が若かったと思えるほどに、彼はずっと昔から僕を知っていた。改めて彼と僕の惚れた腫れたを除いた付き合いを考えてみると驚いてしまいそうになる。そして惚れた腫れたも入れたらもっとだ。そりゃああの頃は若かったと言える。それに今の熟年夫婦じみた行いも、当然生まれるだろう。

「でもなあマツバ、君だけじゃないぜ」
「どういうことだい?」
「マツバだけが若かったわけじゃない」

彼が零す言葉に、嗚呼と思う。あの若かった頃は露とも知らなかったし感じなかったし分からなかったことだ。彼も僕と同じで若かった。彼もまた僕に燃え盛る思いを抱いていた。それは後になって僕と彼の周囲から聞いたことだ。始めてそれを打ち明けてくれた時、僕と彼はお互い様だと笑った。そういえばそれが彼の気持ちを本当に知った初めての時で、それも僕の炎を落ち着かせたのだ。

「マツバ、私はこれからスイクンの資料を読みに図書館に向かう。マツバはどうする?」
「一緒に行くよ。僕もホウオウの資料を読みたい」
「決まりだな」

笑う彼は少しだけ嬉しそうだ。このエンジュの図書館のそれぞれの求める資料はお互い全て読み尽くしていた。つまりこれはデートの打ち合わせだった。

「あと1時間したら出ようか。それまでゆっくりしようよ」
「そうだな。そういえばイッシュフェアをタマムシデパートでやっていて、少し土産を買ったんだった」
「どこにあるの?」
「寝室。痛むものじゃないから平気だぜ」
「そっか。じゃあミナキ君はそれを持ってきてくれないかな。僕はお茶を淹れよう」
「わかった。」

お互い立ち上がって、それぞれ行動する。こんな些細な幸せが、穏やかな気持ちにとても心地良かった。

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