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夢主視点


 朝、目覚めると獅子王さんがランニングに付き合ってくれた。いつもの初夏の風が、赤いリボンをはためかせた。けれどいつもと同じはずの風が少しだけ生温く感じた時、獅子王さんが言った。
「夏が近づいてるな」
 そうか、夏が来るのか。そう考えて、私は次の一歩をどこか軽く踏み出した。


………


 昼時。審神者さんが珍しく大広間に顔を出して、そのまま台所に向かったかと思ったら、そうめんが食べたいと言う声が聞こえてきた。そうめん、夏の風物詩だと記憶しているそれに、朝に獅子王さんが言っていたことを思い出した。隣にいた獅子王さんは審神者さんを宥めに台所へ行って、愛染さんはそうめん美味しいよなと笑っていた。そうか、皆夏が好きなのか。ふと感じて、私はどこか胸部があたたかくなるのを感じた。

 夏、夏は私も好きだ。私は、そうはっきりと口にした。

 愛染さんが目を見開いている。審神者さんが静かになっていた。次の瞬間、ほらヒカルちゃんも食べたがってると審神者さんが騒ぎ出して、獅子王さんがそんな事は言ってねえだろと叫んでいた。


………


 夜になった。ランニングを終えて愛染さんと共に石切丸さんの所へ向かう。昼間に月見を誘われたのだ。愛染さんは酒はないけどおやつを用意したんだってと幸せそうに笑っていて、私は目を細める。一体どんなおやつがあるのだろう、私もどこか浮き足だった心地で向かえば、獅子王さんと石切丸さんと今剣さんが愛染さんと私を待っていた。
 月を見上げて、おやつのところてんを食べる。今年初だと愛染さんは喜んでいて、私もおばあちゃんと妹たちとよく食べたことを思い出した。夜はまだ肌寒いからと温かい緑茶を獅子王さんが用意してくれて、みんなでお茶を飲みながら話をした。話題は夏のこと、そして私がやって来て大分経つということ、そして。
「今日は十三夜だね」
 よく晴れていて綺麗な月だ。石切丸さんがそう言うと今剣さんが真っ先に同意した。獅子王さんと愛染さんも月を見上げていて、私も夜空を見上げる。

 だけど、十三夜。その言葉にどこか引っ掛かりを感じる。胸部がざわついて、仕方なくて、それは羨ましいとは違う“気持ち”だった。ざわざわ、ざわざわ、早く、早く。そう、これは。
「焦り、だ……」
 小さく呟いてしまって、ハッとする。獅子王さんがこちらを見ていた。どうした、そう言われて、私は何でもないですと月を見上げた。
 雲一つない空に浮かぶ月ははっきりとした光を放ち、とても美しかった。

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