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夢主視点


 これから夜のランニングに出かけようとしたところ。今日は獅子王さんが来てくれると愛染さんが言っていたけれど、ランニングの準備をし終わっても獅子王さんは現れなかった。
 不思議に思いながら外に出て、ランニングシューズを履く。履き慣れたそれで数度足踏みをしてから、私は走り出した。走りながら、獅子王さんを探せばいいと思ったのだ。

 獅子王さんはすぐに見つかった。刀剣男士さん達の部屋がずらりと並ぶ縁側に、ジャージ姿で座っていた。何故か話しかけるのを戸惑って、どう声をかけるか迷っていると、空を見上げていた顔がこちらに向いた。ああ、ヒカルか、ランニングに付き合うぜ。そう苦笑した獅子王さんに違和感を覚える。何故だろうと思って、とりあえず獅子王さんが眺めていた夜空を見上げてみる。
 半月だ。上弦の月がそこにはあった。
「弓みたいだろ」
 弦を張った弓のようだ。獅子王さんが言った。そう言われてみるとそうかもしれない。鋭く切りられた片側は弦、塗り潰された空白、しなる曲線。湧き上がるように記憶が駆け回る。ああ、妹のことだ。
「じっちゃんのことを少し思い出したんだ」
 じっちゃん、とは。そう首を傾げれば、獅子王さんは丁寧に口を開いた。獅子王さんのかつての主人、獅子王さんはその人の為に在るのだと。
「弓の、名手だったんだぜ」
 遠くを見るように、月を見上げる獅子王さんはいつもの明るい様子とは違って見えた。でもそれが何なのか分からなくて、分からないけれど、何故だか獅子王さんの姿が望ましく思えた気がした。望ましい、違う、惹かれるような気がする。惹かれて、欲しいような気がする。胸に手を当てて、考える。このざわめきは、何だろう。
 どうした、そう獅子王さんが言う。私は気がついたことをありのままに伝えた。惹かれて、欲しいような気がした。今でも少しざわめく胸部に、獅子王は微笑んだ。
「それは“羨ましい”ってのに似てるかもな」
 うらやましい。誰が、私が、獅子王さんが、羨ましい。そう言われてストンと胸部に何かが落ちた。そうだ、私は獅子王さんが羨ましい。具体的に何が羨ましいのかは、分からないけれど。

 獅子王さんは微笑み続けている。夜の中、上弦の月の下、獅子王さんは言った。
「ヒカルはさ、“無垢”って言葉が似合うと思う。それは悪いことじゃない。ただ、無垢だからこそ、神に魅入られたんじゃねえかな」
 高名で、尊い神様に。そう言った獅子王さんは、四日前に隣にいた眉を下げている愛染さんを思い起こさせた。どうしたのだろう。神様なんて、私より神様に好かれている人がいるのに。刀剣男士さんと共にいる審神者さんや、そう、友人達もそうだった。
「さあ、行くか!」
 がらっと雰囲気を変えた明るい声で、いつの間にか靴を持ってきていた獅子王さんが庭に下りるから、私は促されるままに頷いて、もう一度足踏みをしたのだった。

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