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夢主視点(途中から第三者視点)


 その日、私はいつものように朝日と共に目覚めた。でもいつもより少しだけ体が気だるくて、時間はいつも余るからとゆっくり身支度をする。寝間着を脱いで、白いTシャツの上にジャージを羽織る。ダサい芋ジャーだと審神者さんは言っていたが、この深い赤色はどことなく好ましく思えた。それに、何より走り易い。
 着替えを終えると鏡を見ながら髪を整える。寝癖をブラシで直して、祭りの日に買ってもらったリボンを付ける。カチューシャのように身につけて、うなじ辺りで結べば完成だ。真っ赤なリボンは橙色の髪とは全く違って、異質なのに心がふわりと浮かぶような気持ちがした。
「ヒカルー?」
 その時、部屋の前から愛染さんの声がして、私は用意は出来ていますと部屋の外へ出た。

 愛染さんと朝のランニングを済ませて、二人で朝食作りを手伝う。と言っても食器を運ぶだけだが、人手が必要な作業なので燭台切さんと加州さんは喜んでいた。
 いつものように刀剣男士さんが集まって、審神者さんが獅子王さんと現れて席に着けば、これまたいつもの号令で食事が始まった。
 私の両隣は愛染さんと獅子王さんだ。そういえばと愛染さんがご飯を飲み込んでから口を開く。
「ヒカル、今日は寝坊したのか?」
「あ? そうなのか?」
「いつもなら俺より早く部屋の外で待ってるのに、今日は部屋の中だったから……」
 違ったかと眉を下げる愛染さんに、私は首をかしげる。
「寝坊はしていません。ただ、少し体がだるくて」
「え、まじか。最近体調不良だったし、とうとう風邪ひいたか?!」
「後で石切丸に診てもらえよ」
「分かりました」
 石切丸さんは医者のようなものなのだろうかと思いながら、私はアスパラガスのベーコン巻きを口に運んだ。

 言われた通りに石切丸さんのところへ行こうとすると、獅子王さんも一緒に行くと言った。愛染さんは残念そうに畑当番があるからと言って、獅子王さんに私のことを頼んだと言っていた。なぜ。
 石切丸さんとは神棚のある部屋で会った。病気ではないかと獅子王さんが説明し、石切丸さんが石切丸さん自身であるという大太刀を手に私へと向いた。目を閉じてこちらを向く石切丸さんに、私はどこを向けば良いのか分からず、とりあえず目の前の大太刀を見た。綺麗な、そして大きな刀だと思った。
「風邪ではないようだけれど、少し生命力が落ちているみたいだね」
 長いこと黙っていた石切丸さんが目を開いてにこりと笑う。獅子王さんが対策を聞けば、石切丸さんは三食きちんと食べてよく眠れば良いと言った。
「少し体が弱っているだけさ。でも、今は風邪や呪にかかり易いだろうから部屋で静かにしてると良いと思うよ」
「分かりました」
 とりあえず頷けば、石切丸さんは笑顔で頷き返した。獅子王さんはほっと息を吐いて、部屋まで送ると言った。
「じゃあ元気になるまで静かにしてること、あとランニングは禁止ってことか?」
「そうなるね。ああでも、軽い朝のランニングなら構わないよ。朝の清い空気を吸うのは良いことだからね」
 つまり、走ることを制限される、ということだろうか。それは少し悲しいなと思っていれば、獅子王さんは大丈夫だと私の頭をわしわしなでて笑った。
「元気になったらまた思いっきり走れば良いだろ!」
 その通りと石切丸さんも笑っているから、私はそういう事ならと頷いたのだった。


………


 ヒカルを部屋に送った獅子王は審神者に報告をするからと、すぐにその隣の審神者の部屋へと向かった。
 審神者は獅子王からヒカルの診断結果を聞くと、それなら仕方ないねと休養させることを決め、昼食頃に式を飛ばして刀剣男士達にヒカルの休養処置を知らせることを決めた。
 獅子王はヒカルの話し相手となる為に再び部屋を訪れたが、先に今剣がヒカルの元にやって来ていた。どうやら石切丸から不調を聞いたらしい今剣はお見舞いにと来たようだ。そうして獅子王と今剣、ヒカルの三人で会話をしていると、お八つ時には加州が団子を持って現れた。真っ白な団子に焼きごてで耳と目が描かれた兎の団子はヒカル用にとのことで、早く良くなってねと食べ終わった皿を持って彼は去っていった。
 そうこう過ごしていると夕食となり、ヒカルは通りかかる刀剣男士に声をかけられてはいつものように返事をして、心配をかけしてすみませんと眉を下げた。獅子王は体調不良は自分のせいではないとフォローし、そもそも食事をきちんと取り適度な運動までしているヒカルは体調管理がしっかりしている方ではと今剣は首を傾げた。なおその言葉にぎくりと体を揺らしたのは審神者で、運動不足だねと石切丸に善意でトドメを刺されていた。

 そして夕方のうちにヒカルを部屋に送り届けた獅子王は、審神者に今日の彼女の報告をし、部屋を出た。風呂に入り、自室で鵺のブラッシングをしているとふと手を止める。
「新月、か」
 やっぱり暗いな、と鵺を撫でる。審神者が整備した電気によって明るい照明があるといえど、夜が深ければ電気の効果も下がる。鵺には過ごし易いだろうけどなと獅子王は笑い、そういえばと気がつく。現代からやって来たというヒカルは、この暗さが恐ろしくは無いだろうか、と。
 いつも夜にランニングしているのに、獅子王は何か気になった様子で、いつもの寝間着から内番のジャージに着替えて部屋を出た。

 そして、ヒカルの部屋の前。彼女の部屋は既に電気が消えていた。しかし、獅子王は声をかける。
「ヒカル、少し良いか」
 静寂。獅子王は眉を寄せた。
「ヒカル?」
 痛いほどの、静寂。布の擦れる音、さらには呼吸音までもが、無い。
「ヒカル、ごめんな、開けるぞ!」
 ガタガタッと勢い良く障子戸を開けば、そこには入った形跡はあるものの、誰もいないもぬけの殻の布団のみだった。
 獅子王は血相を変えて隣の審神者の部屋に向かうが、その前に審神者が部屋から顔を覗かせた。
「どうしたの、獅子王。戸は大事にしてあげてね」
「主ッ! ヒカルが」
「え、なに?」
「ヒカルが居ねえんだけど、何か知ってるか?!」
 え、嘘。審神者が目を丸くし、慌てて部屋を出てヒカルの部屋を見た。そしてサッと顔を青くして、頭を振る。
「物音一つしなかったわ。そんな、なんで……」
「知らないんだな、じゃあ探すぞ」
 そうして走り出した獅子王の背を見て、審神者は一度頭を振ってから部屋へと駆け戻り、所属する全刀剣男士に向けて式を飛ばした。

 こうして新月の夜、ヒカルの大捜索が決行されたのだった。

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