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夢主視点


 審神者さんとお風呂に入った次の日。朝起きると愛染さんが迎えに来て、朝のランニングを一緒に行った。走っていると今剣さんと出会ったので、三人で会話をしながらランニングをした。話題は朝食の事で、台所の近くを通った時に二人共が焼き魚の匂いがすると言って楽しそうにクスクスと笑っていた。
 昼頃には加州さんの鯰尾さんに会って、ヒカルには髪飾りがあってもいいんじゃないかと雑誌を見せてくれた。私の時代の雑誌をわざわざ審神者さんに頼んで取り寄せてもらったらしく、友人が好きそうなアクセサリーが沢山載っていた。ファッション雑誌だったので服なども、これが似合う、あれも似合うのでは、こっちはどうかなと、二人は楽しそうに笑いながら提案してくれた。

 それから夜。ランニングを終えて、一緒に走ってくれた愛染さんと別れてすぐ。審神者さんの部屋の前を通ると、障子が開けっ放しのそこから名前を呼ばれた。
「あ、ヒカルちゃんこんばんは。夜のランニングの帰り? 」
 頷くと、そっかあと審神者さんは笑った。その隣で獅子王さんが、ヒカルは走るのが好きだなと苦笑した。
「でも、夜は危ないから気をつけろよな」
「危ない? 」
 夜は魑魅魍魎の世界だからと獅子王さんは真剣な顔で言った。曰く、夜は妖怪、怪奇、なにが来ても起きてもおかしくないと。
「本丸の中なのに、ですか」
「ここだからって安全とは言えねえよ。むしろ、俺たち刀剣男士がいるからこそ危ない事だってある」
「……刀は厄除けになると聞きました」
 誰に聞いたのと驚いた審神者さんに、おばあちゃんから聞いたと言えば、そうかあと審神者さんは頷いた。
「刀ってだけなら厄除けになると私も思うよ。けどね、刀剣男士は皆、刀の中でも強い力を持った付喪神だから」
「強い力ってのはな、様々なものを引き寄せる事がある。それが嬉しい事ばっかりならいいけど、辛い事や悲しい事の場合もある」
「それが、妖怪の話に繋がるんですか」
 その通りと獅子王さんは言った。でもすぐに笑って、今日は愛染と走ってたから大丈夫だろうと言った。
「愛染はそういうのに鋭いから、気をつけてくれると思うぜ! 」
 脅すような話でごめんなと笑った獅子王さんに、心配していた事は分かっていたのでと私は答えた。審神者さんは、ヒカルちゃんは偉いなあと言って、そう言えばと手を打って話を変えた。
「本丸には慣れた? 実は政府からの返事が一向に来なくて、まだここに居てもらうことになると思うの」
 早く帰りたいだろうに、ごめんね。そう悲しそうな顔をした審神者さんに、私は頭を傾げた。
「別に、私が居ないところで一部の妹が騒ぐだけです」
「でもご両親とか」
「両親? 」
 私が首を傾げると、審神者さんもまた首を傾げた。その顔は不思議そうだ。
「ご両親は心配しないの? 」
「私はおばあちゃんとおじいちゃん、あとは妹達と暮らしてます」
 そう言えば、審神者さんは何かに気がついたように口元を手で覆って、ごめんねと謝った。何を謝ることがあるのだろうとまた首を傾げれば、獅子王さんが明るい声で言った。
「さっき主も言ったけど、本丸には慣れたか? 」
「はい。慣れたと思います」
 そっかと獅子王さんは笑って、それから審神者さんの背中をばしばしと叩いた。
「主、しゃっきりしろって! ほら、ヒカルも不思議そうにしてるぜ」
「ああ、うん。そうだね、私がしっかりしなきゃ! 」
 何やら拳を握りしめている審神者さんは、どうやら元気になったらしい。喜怒哀楽がはっきりした人だなと思った。
「ヒカルちゃんは仲良くなったひとはいる? 」
「愛染さんと獅子王さんの二人とよく話します」
「世話係だからな! 」
「そっか、うーん。他の子ともお話するといいよ。みんな良い子だし、何よりヒカルちゃんとお喋りしたがってたから」
「何度か会話はしてると思いますが」
 もっとお喋りしたいんだよと審神者さんは笑った。
「何ていうかね、ヒカルちゃんは刀剣男士のみんなからすれば赤ちゃんみたいなものなの。だって何百年と生きてた刀と15歳の子なんてそれぐらい違うでしょう? だからね、みんなヒカルちゃんを気にしてるの」
「そういうものですか」
 そういうものなのと審神者さんは笑った。
 そこで私は話したことのある刀剣男士さん達を思い出す。愛染さんと獅子王さんはよく話す。秋田さんと小夜さんとはホットケーキの話をした。今剣さんは愛染さんと焼き魚の匂いに笑ってて、加州さんと鯰尾さんは楽しそうに雑誌を見ていた。他にも会話したことのある刀剣男士さんは沢山いて、誰と交わしたどの会話を思い出しても、皆が楽しそうに笑っていた。
「ここの皆さんは、楽しそうですね」
 思ったままにぽつりと言えば、審神者さんはぱちぱちと瞬きをしてから、へらりと笑った。
「そっか。幸せなことだね」
 幸せ、とは。分かっている事の筈なのに、どこか違う意味がある気がした。楽しそうにしていて、笑っている。それもまた幸せというものなのか。
「ヒカルちゃんも幸せかな? 」
 審神者さんが微笑んでいる。獅子王さんもまた、その銀色の目で私を見てる。だから、私は。
「たぶん」
 きっと、幸せなのだろう。

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