今吉さんと大坪くん1
大坪視点


 大坪泰介は感謝している。
「大坪君。これドリンクとタオルな。」
「ああ、いつもありがとう」
「ええのええの。これがウチ(マネ)の仕事さかい。」
「翔子ーちょっと来てー!」
「わかったわー。じゃ、しっかり休憩せえよ?」
 たたたと駆け足で去る姿は女子であるのにとても頼もしい。彼女は今吉翔子。三年生であり、同い年の、秀徳高校男子バスケ部マネージャーだ。

 彼女と初めて会ったのは1年生の頃の体験入部期間。バスケ部のマネージャー希望だとにこやかに言い放ったその姿は特に気にも留めないようなもので、ただ細い見た目にマネージャーをやっていけるのかと思った。しかしそれは杞憂だった。体験入部期間、彼女は毎日男子バスケ部にやって来て、先輩マネージャーとマネ業に勤しんだ。その顔に疲れの色は無く、意外と体力と根性のある人なのだなと感心した。
 実際に入部してから数日。彼女とはたまに話をした。特徴的な話し方と温和そうな笑顔、誰にでも積極的に話しかける様は媚びているなんてことなど無かった。なにより、バスケが好きだと公言はしないものの、マネ業を通してバスケに真摯に向きあう姿に好印象を受けた。まあ、媚びる媚びないについては宮地へのミーハー心でマネージャーとなった数人の女子がいたから、余計に気になっただけである。ちなみにその女子達はすぐにマネージャーを辞めたが。
 そして一ヶ月後、とある練習試合で1年生のみが出ることとなった。練習を重ねる俺たちを見て、彼女は俺たちの中でPGを務めることになった和田を呼び出した。何を話しているのかはわからなかったが、彼女の笑顔ながらも真剣な様子に不思議だなと思った。
 試合当日、前半で俺たちは苦戦していた。どちらにも点が入らない展開に苦しんでいると、彼女がタイムを監督に取らせた。そしてPGの和田に言い放ったのだ。
「どんな策でも使えるモンは使えって言うたよな?得点ボード見てみイ。その目は節穴か?」
 その絶対零度の冷ややかな声に、PGの選手はそれでもと食い下がる。その姿に彼女は目を開く。初めて見るその姿に俺たちは背筋がゾッとするのを感じた。
「勝てば官軍。負ければ、なんて分かっとるな?戸惑ってたら何も勝てへんで?」
 和田は悔しそうに頷いた。タイムは終わった。
 そこから彼の動きは変わった。実力のある者に優先的にボールを回し、自身はサポートに徹する。指示は的確に相手を封じ込める様に。そして全ての行動の中で、視線は僅かに彼女の元に。
 結果、俺たちは勝利した。

 試合後、自分たちの学校に帰り、まずは監督に労いの言葉をもらってから反省会となった。しかしその前にと監督は彼女に言った。曰く、何をした、と。
「なんも特別な事はしてません。ただ、ちょっと指示をしただけです」
「それはマネージャーとしての仕事では」
「マネージャーだから見過ごせと?」
 彼女はにっこりと笑いながら言う。
「ウチは勝つためならば手段を選ぶつもりはあらへん。PGを務めた彼よりウチの策の方が通用すると思ったまでですわ」
「それは」
「勝てば官軍。なあ監督、ウチは賊軍になるつもりはあらへんのですわ」
 にっこりと、彼女は笑った。
 そんな彼女の勝利への強い思いに、俺は負けたと思った。多分1年生は全員同じだろう。でもそれ以上に、負けられないと思った筈だ。彼女のいっそ恐ろしいような渇望になど負けないと。



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