笠今√/秀徳高校1年生/苦手意識を無くしましょう


 たまたま、街を歩いていたら知り合いを見つけたので話しかけただけなのだ。
「おはようさん、笠松は今日一人なん?」
「お、おはよう、ああ一人だ」
「ほんならちょっと付き合ってくれん?」
「どこに?」
「買い物や」
 分かったと視線を逸らしながら言った笠松に、相変わらず女子が苦手なんやなとワシは苦笑した。

 前の、男だった頃は笠松の女性が苦手だという話も笑って聞いていられたが、いざ女子になってみるとどうにも勿体無い気がしてならない。笠松もイケメンの部類なのだから、もう少し女子に慣れれば彼女の一人や二人出来るのではないだろうか。いや、笠松がそう遊ぶとも思えないが。
「観賞用イケメンが羨ましがりそうな男前なんやけどなあ」
「観賞用イケメンって、森山のことか?」
「せやで。いつからか、女子の間でそう言われとったな」
 わははと笑えば、笠松は苦笑する。にしても、やはりこの控えめな笠松は見ていてまどろっこしい。よし、とワシは決めた。
「笠松、女子に慣れようや」
「……嫌な予感がするんだが」
「ウチが協力したるさかい」
「断る」
「お、その勢いや。ほな買い物行こかー」
「まっ、腕を掴むな!」
 そのまま左腕を掴んで歩き出せば、せめて手を離してくれと懇願された。


 買い物が済んでカフェでお茶をする。買い物は誕生日が近い由孝くんへのプレゼントだったので、普段一緒にいる笠松が居てくれたのは助かった。いくら幼馴染とはいえ、今一緒にいないのでは欲しいものも分からない。そうぼやけば、でもよく会ってるんだろうと笠松は首を傾げた。
「まあ、一ヶ月に2度ぐらいは会っとるな。由孝君が言ってたん?」
「楽しそうにするからすぐ分かる」
「由孝君、あれで隠し事がわりと得意やった筈なんやけど」
「それだけ今吉さんと会うのが楽しみなんだろ」
「そうなんやろか」
 まあ、ワシとしても会うと楽しいからいいのだが。
 アップルパイを口に運び、飲み込むとそういえばとワシは言った。
「もう目を合わせられるやん。案外すぐ治るんとちゃう?」
「今吉さんは、なんか気が楽だって分かったからな」
「どういう意味なん?」
「いい意味で緊張しないんだよ、目を開くな!」
「あ、ガン見はダメと。やっぱりウチでもダメなんかー」
 なんだそれと笠松が眉を寄せた。お、察したらしいなとワシは笑みを浮かべた。そう、笠松は男前で真っ直ぐな人だが、腹の探り合いが出来るだけの脳味噌も持っている。
「ウチってあんま女子らしくないとこあるやろ? やから、ウチなら平気やったりしてと思ってなあ」
「女子らしくないって、充分女子だろ」
「でも事実、気が楽なんやろ?」
 まあウチで慣れてから、女子と普通に話せるようになるのが目標やなと言えば、笠松は目を丸くしてから、ため息を吐いた。酷くないか。
「今吉さんにそんなに迷惑かけれねえ」
「迷惑とちゃうで。あと、笠松君とは多分今後何度も会うさかい」
「森山がいるからか」
「せや」
 それだけではないが、今はそれだけだろう。そう笑みを浮かべれば、汲み取ったらしい笠松が今吉さんってたまに変なこと言うよなと言った。
「まるで未来を知ってるみたいだ」
「お、占い師でも向いとるんやろか」
「詐欺師になりそうだな」
「酷ない?」
 とりあえずご馳走さまとアップルパイを食べ終えると、行くかと笠松が立ち上がった。丁度食べ終えたところで、買い物を切り上げるにもいい時間だが、何かあったのだろうかと見上げると、笠松は伝票を持ってレジへ向かっていた。しまったと急いでカバンを持ってレジへ向かうと、早かったなと笑うから、意地悪せんといてとワシは言った。
「ウチの分は自分で払うわ」
「これでも感謝してんだよ」
「金はいらんわ。アホか」
 そうして会計を済ませて、カフェを出る。送ろうかと言った笠松の申し出を丁重にお断りして、ワシは一人で家へと帰ったのだった。



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